加害者のいない転生
人が二人、並んで歩けない程度の幅の通路、その通路の両端に、隙間なくびっしりと並ぶ立方体の機械からは、点灯や点滅を繰り返す極彩色の光が、ひっきりなしに放たれている。
機械の表面はガラス張りになっており、ガラスの奥に見える内部には無数の釘が打ち付けられている。
機械一台につき一脚、向かい合うように椅子が設置されており、人が座っている椅子、そうではない椅子が見受けられた。
皆、無言で機械を操作しており……いや、無言とは言い切れないが、各々の機械が鳴らす多種多様な音が混ざり合うことによって、仮に何かを喋ったところで、聞き取れない程の喧騒が辺りを支配していた。
もうお分かりであろう……機械とはパチンコ筐体のことであり、此処はパチンコ店である。
職場の同僚と、不発に終わった異能力談義をした数日後、三郎は、パチンコを打ちにきていた。
服装が職場の作業ツナギなのは、仕事帰りだから、というわけではないのだが、理由は後に語るとしよう。
会社ロゴが入ったユニフォーム的なツナギではないにしろ、従業員のツナギは統一されており、色も特徴的なため、見る人が見れば「あの会社の人だ」と、いうのが丸分かりである。
別に、社内規則でユニフォーム通退勤禁止というわけではないのだが、それにしたって、会社のツナギでパチンコとは、三郎のモラルの低さが窺える。
それ以前にサボりなわけなのだが、では何故作業ツナギなのか?
答えは単純、妻にパチンコ禁止令を出されているため、会社にはでっちあげた腰痛で休むと嘘の連絡を入れ、妻には普通に出勤していると、装うためであった。
三郎の自宅には、公共料金や住民税の督促状が届いているにも拘わらず、そうまでしてパチンコで遊ぶ時間を捻出するとは、なかなかのクズっぷりである。
パチンコのため、度々会社を休んでいては疑われるのは明白なのだが、その度に体調不良、法事、等と、様々な理由をでっち上げてきた三郎ではあったが、そろそろ限界が近いことは自覚していた。
だが、彼は(あくまで彼的には)新たな常套手段を編み出していた。
同僚が会社を休んで復帰した後に、便乗して同じ理由をでっち上げてサボるというものだ。
例えば体調不良であれば、タイムリーにその辛さを理解してもらい易いのと、「会社を休んで迷惑をかけてしまった」と、いう負い目に付け込んだ作戦である。
そう……先日、多数欠員が出たことは、三郎にとっては絶好のチャンスだったのだ!
無心でパチンコ筐体のハンドルを捻り、ディスプレイをボーッと眺める三郎の肩に手をかけ、話かける一人の男がいた。
「おうあんちゃん、会社サボッて朝からパチンコかぇ?」
ビクッと振り向いた、三郎の表情は引き攣っていたが、男が誰なのかを確認すると、安堵の溜息をつく。
「もう……吉野さんすか……ビックリさせないでくださいよぉ」
吉野と呼ばれた、どこかギラついた目をした初老の男性は、三郎の勤め先の自動車整備工場の顧客である。
彼は、三郎が度々会社をサボっていることを察してはいるが、特に、会社に報告するような野暮なことはせず、三郎にとっては、気軽に話かけてくる、会社ではお客、パチンコ店では顔馴染み、といった存在だ。
「おう、俺ぁ別に構いやしねぇが、程々になぁ……それにしても『運送野郎』とは、また渋いモン打ってんなぁ」
『運送野郎』とは今、三郎がプレイしている機種のことで、綺羅びやかにデコレーションされたトラック――所謂デコトラで、各地に物資を届けるという、運送業を題材にしたパチンコ作品なのだが、その時代錯誤感がかえって受けたのか、それなりに人気のある機種である。
「ハハッ……何故か好きなんすよねぇ、これ。別に車屋だからってわけじゃないっすよ?」
「そうけぇ…………じゃあ俺ぁちょっくら『腐海物語』打ってくるわぁ、じゃあなぁ」
そう言って、吉野は自分が打ちたい機種があるコーナーの方へ向かい去っていった。
なんら実のある会話ではなく、挨拶のようなものであることは分かってはいるのだが、毎度ビックリさせるのは勘弁して欲しいと思いつつ、三郎は気を取り直して、パチンコに勤しむのであった。
ボーッとディスプレイを眺めていると、リーチがかかる演出が入り、デコトラが高速道路を走行している映像が映し出される。
このデコトラ、分かりづらいが、実在するトラックをモデルに改造したもので、自動車メーカーの『射筒自動車』が制作した『ハイエルフ』が元だと思われる。
それが、分かってしまう三郎は、《自動車屋ってもんだなぁ》と、内心苦笑するが『ハイエルフ』と、いう単語から、様々なファンタジー作品で登場する、森の妖精『エルフ』を連想していた。
自動車の方の『ハイエルフ』は、英語の[elf――小妖精]の頭に[high――高位な]を着けたもので
小型で、力があり、小回りが効き、機動性の高いイメージなので、中・小型トラックの名称にピッタリ、というのが命名由来となっている。
ファンタジー作品の方の『エルフ』は、森に住む、人間に良く似た耳の尖った種族で、長身細身で美男美女という設定が多い。作品によっては、普通に人間と共生していたりもするが。
ファンタジー漫画にハマっている三郎にとっては、前者はどうでも良い余計な情報であり……というか、興味がないので知るよしもないことなのだが、連想した『エルフ』からは、益体のないことを考えていた。
《異世界に転生して、エルフの姉ちゃんにイタズラしてぇ……》
そう思い、パチンコのリーチ演出を眺めていると……
【その願い、叶えてしんぜよう】
ディスプレイ中央に、金色の文字がでかでかと表示された。
《よっしゃ、金文字きた!》
見たことのない文面で『運送野郎』の展開的にも不自然極まりないのだが、リーチ演出中の金文字というのは、大当たり確定のサインであり、超激レアリーチ演出を引き当てたのだろう、と思った三郎の期待は、いやが上にも高まる。
映像の場面が切り替わり、画面の奥から、手前に向けてハイエルフが爆走しながら徐々に迫ってくる。
《本当に何なんだ? この演出》
通常では、高速道路でスポーツカーでもない、ライバル同士のデコトラが、どちらが早く物資を届けられるか高速出口まで勝負! というレース紛いのシュールな演出なのだが、そこそこ『運送野郎』をやり込んだ三郎も、このような展開は見たことがなかった。
やがて全貌が見えなくなる程にハイエルフがディスプレイに接近し、ついには衝突し、ヒビが入る。
妙にリアルなヒビだとは思ったが、三郎は最近はパチンコもグラフィックが進化しているので、そういうものなんだと思い込むことにした。
更にハイエルフがディスプレイに熱烈なアタックをしかけてくると、今度はパチンコ筐体のガラス板にヒビが入る。
《な な な なんだって~? デコトラが画面を突き破ってきそうな勢いだけど、そんな井戸の怨霊みたいなことが有り得んのかよ!?》
流石に身の危険を感じかけた三郎だったが、現実にそんなことが起こるわけがない、という思いと、大当たり確定なのに、席から離れたくない、という思いが交錯し、視線はディスプレイに釘付けになる。
ホラー映画なら、真先に死ぬパターンである。
ガラスを突き破り、ハイエルフが筐体から飛び出したのを確認した瞬間、三郎の視界は真っ白に染まった……
三郎が座っていたパチンコ筐体『運送野郎』のディスプレイには、【ボーナス確定】の文字が映し出され、割れたはずのガラスは、何もなかったかのように元通りであった……
そして、忽然と消えた彼に気付く者は、誰一人としていなかった……
トラックが出てきた時点でお気付きの方もいたとは思いますが、自分でも「くだらね~」と思いながら書きました(笑)
トラックの運ちゃん、人殺しにならずにすんだよ! やったね!!