濃い職場
現代日本、とある自動車整備工場の休憩所にて。
ここのところ、三郎は某小説サイトから派生し、コミカライズされたファンタジー漫画にハマっていた。
原作に興味を持ち、小説サイトを覗いてみる程の熱心さはないとはいえ、元々漫画好きだった彼には、異世界に転生して強力な異能を手にした日本人が、軽々と敵を粉砕していき、何故か女性にもモテまくる、というストーリーに新鮮さを感じたようだった。
確かに有名どころの漫画雑誌と比べると、ニッチなジャンルと言えなくもないので、新しく作品を発掘したという自負からくる、プラシーボ効果にも似た「面白いはずだ」という思い込みが、盲目的にハマる要因となっていたのだ。
お喋り好きの彼が、自らの近況を語るのを我慢できるわけもなく、職場の同僚達に話題を振っていく。
「最近、『転生勇者の薔薇色人生~轢かれたお陰で勝ち組です~』って漫画読んでるんすよ。知ってますぅ?」
とは言っても、その日は欠員が多数出ていたため、三郎の話を聞ける人間は二人に限られていた。
三郎より三つ歳上の包と、一回り以上年下の正英だ。
包は、某小説サイトのユーザーであり、当然、上げられたタイトルは知っているのだが、三郎とは正反対の性格をしており、また彼の勤務態度の悪さに辟易していることもあって、表面上の無難なところでしか会話をするつもりがなかった。
故に《三郎くん、話題を振る相手を間違ってないですかね?》と、思っていた。
正英は、そもそも漫画というものに興味がなく、週末は彼女と何処へデートに行こうか? ということで頭が一杯であった。
「すいません、自分不器用ですから……そのようなハイカラな作品は知らないんで」
「タイトルくらいは知っているけど内容は分からないなぁ……すまんね」
と、各々で返す二人であったが、その程度で引き下がる三郎ではなかった。
「なんすか包さん、漫画好きなはずなのにリサーチ甘いんじゃないですかぁ?」
勝ち誇ったように煽りを入れてくる三郎に対し、包は心底面倒くさいと思った。
そんな態度を表に出すわけにはいかないが、某小説サイトで連載されている、楽しみにしている山賊小説が更新されていたので、貴重な休憩時間は読書に使おうと思っていたのだ。
「いやね……家計が厳しくて雑誌や単行本買うのやめちゃったから、今はそんなに詳しくないんだよ」
「なんすか、つまんないっすねぇ……まぁいいです。話は変わりますけど、転生したらチート能力貰えるって展開が有名なのは知ってますよね? 包さんだったらどんな能力が欲しいすか? あ、正英ちゃんも答えてね」
どうやら、三郎に会話を諦めさせることは不可能なようだ。
包は内心溜息をつき、話に乗ることを決めたのだったが、先に正英が口を開く。
「すいません、自分不器用ですけど……リア充なので、そんな能力は必要ないので」
「おいおい正英ちゃん、そんなこと言ってると、お前の彼女口説いちゃうぞ?」
「大丈夫です、自分不器用ですけど……彼女面食いなので」
要するに正英はこう言いたいワケだ。
不器用云々は置いておいて、三郎は顔面偏差値が低いので、彼女が靡く心配はないと。
そして自分は容姿が優れているとも。なかなか良い性格である。
流石にこれには三郎も頭にきたようで、条件反射のごとく暴言が飛び出す。漫画であれば、額にビキビキと青筋が浮き出ていたに違いない。
「殺すぞ!」
「まあまあ三郎くん、落ち着いて落ち着いて。正英くんもイケメンだからって調子に乗りすぎ。それでね……能力の話だったよね? 俺は触ればなんでも一瞬で直せる能力――『ジジイの珍妙な冒険』で出てきた『クレイジーオブシディアン』がいいかな。ほら……修理屋やってると欲しくなる能力じゃん?」
不穏な空気を感じた包は慌てて三郎を宥めつつ、多少強引ではあっても会話を元に戻すのが吉と判断するしかなかった。
因みに『ジジイの珍妙な冒険』とは、かつて有名少年漫画誌で人気を博し、現在でも根強い人気を誇る、異能バトル物の作品である。
実際、触れただけで物を一瞬で直せる能力というのは、元手がかからない上に効率が凄まじく、自動車に拘わらず、修理に携わる仕事であれば、無敵の能力と言えるであろう。尤も、そのような便利な能力が実在すればの話であるが……
全ての男がそうとは言わないが、何歳になっても、そんな有り得ないたらればの話で盛り上がれるのは、男の悲しい性なのかもしれない。
「まぁいいっす……『ジジイの珍妙な冒険』絵が苦手だから読んでないっす。つか、なんすかそのショボい能力? そんなだからあの漫画みたいに濃い顔してるんすよ」
どうやら三郎にとっては物足りない能力に感じられたようだが、ショボいとは何事か?
加えて八つ当り気味に人の容姿を弄るとは、三郎もなかなか良い性格をしている。
そして、容姿のことになると黙っていられない、不器用な男が……
「すいません、自分不器用ですが……顔が良いのでなんとかなってます」
「「爆発しろ!!」」
綺麗にハモった三郎と包の声が、工場内にこだました……
三郎くん、結局自分が欲しい能力を語れず終いで休憩時間が終わってしまう。
戦犯である正英くん、相変わらず頭の中はデートのことで一杯。
そして包、何だかんだ言ってこういう話題はわりと好き♡