濃い職場、再び
三郎が異世界から帰還して、約半年の月日が経過した。
帰還直後は今までの己の生き様を省みて、変化があったかのように見えた彼ではあったが、人の本質とはそうそう変わらないものらしい。
仕事をサボってパチンコをしていたら、転生(ほぼ転移)して、酷い目に合うという経験をしたため、パチンコに通う頻度は減りこそはしたが、三郎の尽きることのない欲望の捌け口は、また違う方向へシフトしていたのだった。
◆◇◆◇◆◇
──普段と変わらぬ日常風景ではあるが、その日も、三郎の勤める自動車整備工場の休憩場では、各々の従業員が休憩を取っていた。
三郎は自分語りが大好きなので、誰に言うまでもなく、己の近況を喋りまくっている。
若手社員の正英は彼女とLINEをしながら、適当に相槌をうち、工場長は黙って腕組みをして聞いている。
先輩にあたる包は、「相変わらずやかましいな」と思いつつ、ガラホのディスプレイと睨めっこをしながら、あることを思案していた。
余談ではあるが、自動車整備士という職業柄、スマホだと胸ポケットに入れていると、すぐに壊れてしまうので、頑丈なガラケーの形状をしたスマホ──ガラホを包は使用していた。
包は某小説サイトのユーザーであり、基本読み専ではあるが、アイデアが舞い降りた際に気分が乗れば投稿することもあるという、肩の力を抜いたやり方で、そのサイトを楽しんでいた。
そんな彼ではあるが、ちょっと投稿してみたいアイデアが思い付いたとしても、物を知らなすぎることに起因する、創作力の無さにやきもきすることもあった。
(もういっそのこと、自分では形にできない小説のアイデアだけを投稿していく、不定期連載でもやってみるかな?
それくらいなら生活を圧迫しづらいし、他作家さんの作品や、山賊小説を読む時間も確保できると思うんだよな……
でも他のユーザーさん達が、プロを目指すにしろ趣味にしろ、真剣に創作活動に取り組んでいる中、そんな不真面目なやり方はちょっと尻込みもするんだよなぁ……)
そんなことを考えながら、包がふと視線を上げると三郎と目が合った。
「なに見てるんすか! 人を小説のネタにでもするつもりっすか!?」
「ナ、ナンノコトカナ?」
まさかの三郎の発言に、包の背中に悪寒が走る。
三郎の言う通り、包が彼を小説のネタにしたのは一度や二度ではなかったからである。
包のから見て、三郎はクズに類する人種だとは思ってはいるが、しかし彼の強烈なキャラクターは小説のネタになるのでは? と、ノンフィクション寄りの作風にしたのが仇となったのだろう。
自分の周りには、この小説サイトを利用するような人間は居ないだろうと、高を括って、自作内で三郎をクソミソに貶していたことが、ついにバレてしまったようだ。
この状況から想起される、あらゆる負の考えが、包の脳内を走馬灯のように駆け巡っていく。
「なんすかその返し? 包さんいつもケータイ弄っているから、何となく言ってみましたけど、考えてみたらそんなワケないっすよね。
包さんって、カワジュンのホモ漫画に出てくる矢部さんみたいな濃ゆい顔してるし、そんなキャラじゃないっすよね~」
「いや、顔は関係ないだろ!」
どうやら最悪の事態は免れたと、内心胸を撫で下ろしつつも、包は三郎の失礼な物言いに「ウゼーなコイツ」と、心の中で呟いた。
包は過去に接客中の客に、
「兄ちゃん国はどこだい?」
と、尋ねられ、国とは故郷のことだと思い、
「北海道ですけど?」
と返したところ、故郷は故郷でも外国だと思われていたことが発覚し、ちょっぴり傷ついた経験があるため、好意的に言われる分には問題ないが、容姿について、三郎のように面白半分でからかってくる輩には辟易してたのである。
しかし、これは話を逸らすには良い流れなのでは? とも考えた包はある行動に出ることにする。
(カワジュンを知っているなら話は早い)
三郎に向けてニヒルな笑みを浮かべた包は、おもむろに作業ツナギのジッパーを下ろす。
「やらな──」
「いやいや、そういうの良いんで包さん。俺、女にしか興味ないんで」
「あっそ」
焦ったのか言い終える前に、被せるように割り込んできた三郎の反応に、包はそっけなく返し、わざと残念そうにジッパーを上げると、「ざまぁ」と内心ほくそ笑むのであった。
「すいません、自分不器用ですけど……、どっちもイケるんで安心してください」
しかし、そこに思わぬ伏兵が食い付いてきたのは予想外だった。
目がわりと本気で怖いと、包は戦慄する。
「……ハハッ、自分で言っといてなんだけど、正英くんの彼女に悪いし、俺もカミさんいるからさ……だから、ジッパーを戻してくれないかな? マジで頼むから」
何やら舌打ちが聞こえた気がしたけど、包は気のせいだと思うことにした。
後日談を書こうと思ったら、思ったより文字数がかさんでしまったので、今日はここまで。