もう転生したいだなんて、言わないよ絶対
吉野は日課である銭湯に行こうと、愛車である軽自動車に乗り込もうとしていた。
日によって、赴く時間はまちまちではあるが、今日は仕事が休みなので、客足の少ない日中に行くと決めていた。
広い浴場を存分に堪能するためである。
運転席のドアを開けたところで、あることに気付く。
インストルメントパネル側面に貼ってあるステッカーが目に入ったのだ。
『次回オイル交換距離:56000㎞』
ステッカーには、そうプリントされていた。
運転席に乗り込み、エンジンを始動すると、オドメーターで走行距離を確認する。
表示された距離数は、『60126㎞』であった。
そういえば車検を取って以来、オイル交換をしていなかったことを思い出す。
愛車に不具合が起きては、たまったものではないし、毎回整備担当をしてくれる、包のあんちゃんに小言を言われるのも癪だと、吉野は予定を変更して、御用達の自動車整備会社に向かうのであった。
ハンドルを握りながら吉野は考える。
車に不具合が起きてはいないものの、オイル交換距離を大幅に超えていることに対して、包のあんちゃんに言及されるのは、目に見えていると。
ならばいつも通り、大いにからかって、誤魔化してやろうじゃないかと、悪戯な笑みを浮かべる。
それともう一つ気になることがあった。
銭湯以外にパチンコも趣味にしている吉野であったが、馴染みにしているパチンコ店で度々出会う、包と同僚である三郎を、最近めっきり見掛けなくなったのだ。
通う店を変えたのか、パチンコ自体を辞めたのか、あるいは彼の身になにかあったのか?
いずれにしろ、これから向かう彼の職場に到着すれば分かることだ。
もし三郎がいたら、包と同様、からかってやろうと企み、吉野はアクセルを踏み込むのだった。
エアツール用コンプレッサーの駆動音が、けたたましく鳴り響く工場内。
旧式であるため、かなりの騒音を発するそれは、一度駆動し始めると、付近の者の会話が困難になる。
空気圧が十分に貯まり、コンプレッサーが鳴りやんだタイミングで、腑に落ちない表情をした正英が、先輩の包に話かける。
「自分不器用ですが、最近三郎さんがおかしいってことくらいは、分かります」
勿論それは、包も感じていたことなのだが、正英なりの意見を聞きたいと考え、ニヤリと笑うと、こう聞き返した。
「どうしてそう思うんだい?」
「三郎さん、嫌な仕事を自分に押し付けなくなったし、むしろ自ら進んでやるようになったじゃないですか。以前から考えるとあり得ませんよ」
「まあ、良いんじゃね? 彼も良い歳だし、心境の変化があったのかもよ? ズル休みもなくなったし結構なことじゃない」
包がそう返すと、正英は首をかしげ、接客中の三郎を眺める。
当の三郎は接客中というより、むしろ絡まれているだけなのだが、その絡んでいる客はというと、先程オイル交換で来店した吉野であった。
彼は整備を依頼した後に、待ち合い室で大人しく待つタイプではなく、作業現場を見学しながら、あれこれ口を出すという、整備士にとっては非常にやり辛い相手である。
勝手に走行距離が増えていたなどと、訳の分からないことを言い、作業を担当した包をからかった後、今度は三郎に絡んでいるというわけだ。
包は正英と共にその光景を眺めると、内心溜息をつき、こう思った。
《……早く帰れよ》
――予定通り包と三郎をからかい、満足した吉野は、帰り際に、気になっていたことを尋ねる。
「そういやあよぉ、三郎のあんちゃんよぉ、パチンコは辞めたんけぇ?」
そうすると三郎は、ビクッと身震いし、目を泳がせると、こう答えるのだった。
「えっ、ええ……。転生したら困るんで」
「…………てんせいって何よ!?」
――斯くして、床を破壊するしか成果を得られなかった、三郎の異世界冒険譚? は、幕を閉じたのだったが……、
彼に、悪徳商法よろしく詐欺行為を働いた、転生の女神はというと、一つだけ守った約束があった。
それは三郎の家族が、良い人生を謳歌できるようにする。というものなのだが、そこに彼が含まれているかどうかは、それこそ、神のみぞ知る。
と、いったところだろう……。
かろうじて、ハッピーエンド!?
あとは三郎くん次第といったところでしょう。
拙い作品でしたが、最後まで付き合って下さった皆さん。
本当にありがとうございました!