異世界人の異能力
《何故に対人特化!?》
それは、その能力が、肝心の魔物に通用しないのでは意味がないとはいえ、「それ程の能力があるのなら、お前が戦えや!」という思いから去来した、心の叫びだった。
しかし、人間であり、他者に触れることすらできない自分に対してなら、兇悪すぎるその力は、皮肉としか思えなかった。
――王達に触れなかった理由を知り、唖然とするサードマンに、追い打ちをかけるように、齎された新情報。
そう、彼の右腕が失われた原因は、プリン姫の能力――
『視界に映る人間の身体を、任意に切断できる能力』
に、よるものだったのだ。
ムテキングの説明によると、この世界の人間には、『干渉』とは別に、一人につき一つ、異能が備わっているそうで、個人によってその形態は、千差万別だとか。
思わず口をついて出た、
「俺の能力は、『何者をも圧倒できる身体能力』だ。通用しないわけがねえんだ」
という、叫びに対する答えは、
「余に言われても知らぬが、強いていうなら、この世にも、理というものがあり、その理から逸脱した其方の理は、適用されなかったのではないのか?」
等と、訳の分からないものだったから、納得できるわけがない。
ただ、今はそれよりも、気にすべきことがある。
《あのスイーツ女、なんつー恐ろしい能力を》
てっきり接近した時に、やられたものとばかり思っていたが、あの女がその気になれば、いつでも、自分の体を切り分けることが可能だったわけだ。
サードマンは戦慄する。
現在進行形で、命を握られている、という恐怖からか、可愛らしい見た目の姫が、得体の知れない化物に見えてくる。
恥ずかしい訳でもないのに、穴があったら潜りたい。
例えるのならば、これは、こめかみに銃を突き付けられている感覚だ。
一刻も早く、この場から離れたいと思うサードマンだったが、同時に相反する感情が芽生える。
《なんで逃げなくちゃならねえ》
物心ついて以来、我を通して生きてきた彼のモットーは、『嫌なことはやらない。己が欲には忠実に』であり、
何の間違いか、それが、まかり通ってきた事実による自惚れは、力を得たことにより更に肥大化していた。
異世界に転生し、やりたい放題やろうと、妄想を、膨らませていた矢先に立たされた、現在の危機的状況。
しかし、例えるならば、鼻先にニンジンをぶらさげられた馬が走ることを止めないように、歯止めの利かない欲望と、歪んだ矜持が、逃げるという選択肢を拒んでいたのだ。
相手が何者であろうと、自分の考えた最強の能力が負ける訳がない。必ずや勝てる方法が隠されているはずだ。
そう……、多少の苦戦は、勇者の冒険譚を引き立てるための重要な要素じゃないかと、
サードマンは、またしても砂上の楼閣を構築し始めるのだった。
まず、奴等に触れられないことが問題だが、ならば、無機物を介してならどうだ?
人間の反射神経を凌駕する自分の動きなら、敵の剣を奪い取ることは容易い。
そして奪った剣の柄で厄介極まりない、姫の頭に打撃を加え、昏倒させる。
完璧な作戦だ。
……、服ごと王達を透過した時点で、不可能なのはお察しなのだが、サードマンはそう思いこんでいた。
《プリンちゃん、悪いがねんねの時間だぜ、ふひひ》
早く逃げれば良いものを、茫然自失となったふりをして、時間を稼いだ彼が、作戦を実行に移そうとした時、ムテキングが、掌にポンと拳を打ち付け、何かを思い出した素振りを見せる。
「サードマンよ、そう言えば其方――」
名を呼ばれ、訝しげな様相で視線を向けるサードマンを、王は蔑みの目で眺めながら、言葉を一端区切ると、
『サードマンの――』
文脈と繋がっていない言葉を、紡ぎだす。
『――両足首は、両断される』
音もなく、しかし言葉の通りに、サードマンの両足首に一本ずつ線が奔る。
床が、視界に入り、迫ってくる。
「ぶべっ」
地面に顔面を打ち付けたサードマンは、
「ぶふ、んあぁぁぁ、いひぃぃ」
くぐもった声で喘ぎながら、何とか身を捻り、仰向けの体勢になると、
「うああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
天に向かって絶叫した。
「そう言えば其方、愛しのトゥナイトの足を、切り落とそうとしておったのう」
と、先程の続きを、ムテキングが冷たく言い放つと、
姫に告白され、ホクホク顔だったトゥナイトの顔が一気に青褪めた。
「お、王よ。今なんと?」
プリンアラモードも、聞き捨てならないと、目を見開き、捲し立てるように問いただす。
「あ、貴方達、いつの間に!? お父様もトゥナイトも殿方なのですよ? どういうことですわ? 信じていたのに……、どういうことですわ!?」
「ひ、姫……、違うのです。私も初めて耳にしたのです」
涙ぐみ、詰め寄るプリン姫の剣幕に、気圧されるトゥナイトだったが、
「グハハ、口が滑ってしもうたわ……、秘かに狙っておったのだよ」
と、不気味に笑い、舌舐めずりをするムテキングに、総毛立った。
「姫よ、つまり我等はライバル同士というわけだ。恋敵であり、父親でもある、余という障害にも屈せず、愛を貫けると申すか?」
「望むところ……ですわ。トゥナイトは渡しません……ですわ」
両者の視線がぶつかり。火花が散る様が見えるかのような光景に、トゥナイトは、姫と王を交互に見やり、こう思うのだった。
《仕える国、間違ったかもしれない……》
ムテキングの能力は、
『言葉通りに、人体を損傷させる能力』
でした。
何故に対人特化!?