06. 入学式の前に
「ついにこの日が来たか……」
そこは、石造りの巨大な建物の前だった。『最強学院』。世界最強、コロッセウムで優勝することを目指す者達の学園。俺にとっては二度目となる、夢を叶えるための第一歩。
俺は大きく息を吐くと、その敷地内に足を踏み入れた。
今日は『最強学院』の入学式。
俺の二度目のチャレンジは、ここから始まる。
「……と言っても、早く来すぎたか……」
ところが、俺は『最強学院』の正門からほど近い所に設置されたベンチに座っていた。
時刻は入学式開始の一時間半前。入場可能時刻が三十分前ということで、まだ『最強学院』の職員が準備を行っている途中だった。入学式開催場所である体育館周辺から追い出された俺は、去年在学していた知識を活かして、待機するのに良い場所へ移動していた。
ここは『最強学院』の端にあたり、特に目立った建物がない。そのため人通りはかなり少ないし、周りを遮るものがあまりないため日光に照らされて暖かい。しかしこのベンチの所にだけは木が一本立っており、眩しい日差しから目を守ってくれている。
「こんなに心地良いんだったら、去年も使っておくべきだったかな」
四月の陽光に照らされて、心地よい雰囲気になりながら、俺は呟いた。俺はこの場所を去年から使っていたわけではなく、偶然知っていただけだ。記憶の片隅に埋もれていたのを、そういえば、と思い出して使ってみただけ。しかし、実際来てみるとあまりにも気持ちが良さ過ぎて、去年使わなかったのを勿体なく思えてくるほどだった。
「あら。ここに人が居るなんて珍しいわねぇ。ああ、新入生さんね?」
そんな風に心地良い空間を堪能している俺へ、誰かが声をかけてきた。そちらの方に目を向けると……そこにいたのは、ふわふわとした茶色の髪に、同色の瞳。穏やかな印象を抱く、一人の女性だった。
その女性のつけているスカーフは金色を想わせる控えめの黄色。それが示すのは、レベルⅤ。それは、この女性が学院最強の一角と言うことを示している。
「……生徒会長、ウィリー・クロムウェル……」
「あら、わたしのことを知っているのかしら?」
当然ながら、去年も生徒会長を務めているウィリーの事を俺は知っているが、ウィリーが俺の事を知っているわけがない。成績不振で退学させられた俺と、世界百位以内レベル級冒険者のウィリーでは世界が違いすぎる。
「ああ、以前見たことがあってな」
ウィリーは俺の生徒会長に向けるなら不適当であろう口調にも目くじらを立てることなく、柔らかく微笑んで……俺の隣に座ってきた。
「そう。貴方の名前はなんて言うの? わたしの名前だけ一方的に知られているのって、不平等じゃない」「俺は……エクトル。エクトル・メラネシアだ」
何故か俺の隣に座ったウィリーは、真っ直ぐに俺の方を向いて名前を訊いてくる。俺の答えに満足したように頷いたウィリーは、急に俺の手を握ってきた。
「な、にを?」
「ごめんね、エクトルくん? ちょっと付き合ってくれる?」
「だから何に?」
急に伝わってくるウィリーの体温に俺が驚いている中……短く切りそろえた黒髪に、黒目。四角縁の眼鏡をかけた青年が、真っ直ぐに俺の……いや、ウィリーめがけて歩いてきた。
「会長、入学式まであと一時間半を切っています。リハーサルを真面目にやってください」
「いいじゃないの、ワタル。わたし、このエクトルくんとお話ししてたいわぁ?」
ウィリーはワタルと呼んだ青年に俺と繋いだ手を見せつけて、何やら意味深な様子を演出したいようだった。どうやら入学式のリハーサルをサボってここに来ているらしい。
青年はウィリーと俺の手が繋がれているのを見ると、一瞬激昂したかのように雰囲気が膨れ上がるが……すぐに収まってしまっている。感情制御に優れているのだろう、魔術戦闘時には大事な資質の一つである。
今更ながら確認してみると、青年のネクタイはウィリーと同じく金色を模した黄色であった。実力的にも、立場的にも、青年がウィリーと並ぶ場所にあるのは間違いないようだ。
「会長。これ以上手を煩わせるようでしたら、例の案件の手伝いを辞めましょうか。私が処理している書類の山を会長に回すと、恐らく毎日帰宅時間が3時間が延びるでしょうが、仕方ありませんね」
「ちょ、それは困るわ……。仕方ないわね、リハーサルに向かうとしますか」
青年の言葉に、ウィリーは慌ただしく俺の手を離すと、すっと立ち上がる。青年もずっとウィリーの手伝いをしているのだろう。ウィリーの誘導の仕方も、きっちり把握しているようだった。
「じゃあね、エクトルくん。また何かあったら遊びましょ?」
「今回も遊んだか……?」
ウィリーがそんな言葉を残し、体育館の方へ歩いて行くのを確認してから……ワタルと呼ばれた青年は、俺の方へ近づいてきた。その形相は鬼のよう、と言うしかないだろう。明らかに感情の波が怒りを通り越しており、普通に怖い。
「エクトル、と言ったか。貴様に会長は相応しくない。覚えておけよ? 今後貴様程度が会長に関わるな。……良いな?」
「……」
青年はそれだけ告げると、ウィリーの後を急いで追いかけていく。
「……面倒な奴に絡まれたな……。今後関わり合いにならないと良いんだが……」
俺は青年の言動に、今後何してくるか分からないと頭を抱えたい気分になった。