05.5 勇者の花嫁
「流石、エクトルさま……。エクトルさまは、そのままご自分の思われる道を進んでください……」
突然の勇者さまからの通信が切れた後、私は小さく呟いた。
そうえいば、勇者さまは疑問に思ってはいないのだろうか。
王都近郊の森。この国で最も人口の多い都市の近くの森で、そんなにSランク級の魔物が出現するはずがない。たとえ『命の恩人』だからと言って、一族の秘術『家系魔法』を簡単に教えたりする訳がない。
全て、私……リーシャ・バンダーヴィルドが、いや、バンダーヴィルド家が関わっている。
そもそも、バンダーヴィルド家はいくつか前の過去の魔王誕生の時代に、急激に王の近くに成り上がった、比較的新興の貴族だ。
その時代、魔王が誕生していたにもかかわらず、勇者が登場することがなかった。勇者が現れるまで、人間側は勇者なしで耐え忍ぶことを求められたのだ。
そこで大きな役割を果たしたのが『常駐魔法』を抱えるバンダーヴィルド家だった。当時の技術でも魔力蓄積炉である魔石に魔力消費の肩代わりをさせることは可能であった。つまり、街一つを覆うほどの巨大『防壁魔法』の維持。そこに大きな貢献をした結果。バンダーヴィルド家は貴族に取り立てられたのだ。大きな権力と金を与える代わりに、その義務を果たせと命じられて。
『勇者』は別に神が決めるとか、そういうわけではない。どころか、勇者と呼ばれた存在の多くはその死後や、偉業を行った後にそう呼ばれるようになる。
つまりは、何か大きな脅威に立ち上がることが出来た者。自らの命を危険に晒してまで、勝てるとは限らない相手に挑むことが出来る存在。
そして、バンダーヴィルド家は密かに『常駐魔法』の更なる使い道を見つけていた。
「調教魔法、ですわ」
魔物の体内に魔石を埋め込み、魔物の魔力と魔石の魔力で途切れさせることなく魔物を操って……そして、街を襲わせることで勇者候補を見つけ出す方法論。
強い存在を見つけるのなら『冒険者強化学院』は、と考えるかも知れないが、しかしあそこはダメだ。あそこは『個』の力を高めることしか考えてない。極論を言えば自分さえ強くあれば良いというエゴイズムの塊になる。それでは人類を救うことを、世界を救うことなど出来ない。
勇者が辿る道程というのは、『勝てるかも分からない存在に、負けたら確実に死ぬ存在に、人類を救える可能性があるという報酬だけで向かう』というものだ。自分の利益など考えず、他人のためだけに戦える存在。その前提条件を満たしてようやく、勇者候補と呼ぶことが出来る。
「見つけました、勇者……候補さま」
王都を襲わせるためにテイムした『樹林の巨人』が私の制御を離れ、暴走したところを。倒せる腕もないのに飛び込んできてくれたエクトルさまを想って、私の身体は愛おしさに満ちあふれそうになる。
だって、私は……勇者さまを人類救済の目的に繋ぎ止める枷にして、男である勇者への究極の報酬……勇者の花嫁となることを義務づけられて、この世に生を受けたのだから。
でも、そんな事は関係ない。私は……エクトルさまが、あの日あの時、『樹林の巨人』に飛び込んでくださったときから……この身に燃えたぎるような情熱を抱いているのだから。
「ああ……、はやく世界を救ってくださいませ」
きっと、エクトルさまにはこれから、バンダーヴィルド家から勇者となるべき試練と、そして勇者に相応しき力を得るための提供を度々受けることになるのだろう。そこには、エクトルさまでは到底達成できないような試練もあるのだろう。
それでも。
私だけは、ずっとエクトルさまの味方であり続ける。
エクトルさまの五感を受信するための薄暗い部屋で……私はエクトルさまに繋がる魔石に、そっと口づけをした。