05. 絡まれたので力試し
「エクトル、お前S級の魔物を、しかも二体連続で倒したんだって? すげえな」
「見直したぜ、A級への昇格もすぐじゃねえのか?」
リーシャと名乗った少女を助け、『樹林の巨人』を二体討伐した翌日、冒険者ギルドに向かうとベリルを始め冒険者仲間に次々と声をかけられた。
その話題は既に冒険者ギルドの中では有名になっているらしい。
「ああ、なんとか倒すことが出来たんだ。これで来年の『最強学院』入学もなんとかなりそうだ」
「S級を倒す力があっても『最強学院』に行くのかよ……お前すごいな、あそこは魔境だって聞くぜ?」
ベリルではない冒険者仲間にそう伝えると、信じられないものを見るような目で驚かれた。まあ確かにS級を倒せる腕のある冒険者だったら、これ以上危険を冒さなくても一生暮らしていけるだろう。A-S級の冒険者依頼報酬は危険故に特に高く、そこを安定的にこなせるのであれば、王都の平均収入を簡単に飛び越すだけの額が転がり込んでくるだろう。
しかし、それを快く思わない人間もいる。
「なあ、エクトルが『樹林の巨人』を討伐だってよ。確かにあいつのウリは高火力の攻撃だったが、発動速度があり得ない程遅かったはずだろ? 一体はまぐれであるかも知れないが、二体はおかしいだろ」
「ああ、俺もそう思うぜ。聞いたところによると、もう一人現場には冒険者の女がいたってよ。そいつを誑し込んで、女が討伐したのを自分の手柄にしてるんじゃねえの?」
俺の『最強学院』での成績を知っている、生徒達だ。彼らは俺の『本来の実力』を知っている。『最強学院』に居た頃に測定したスペックの俺では、『樹林の巨人』を二体も討伐するのは難しい。だから、彼らがそう思うのはある意味仕方が無いと言えるだろう。
「なあ、エクトル? お前どんなイカサマをしたんだ? お前如きが『樹林の巨人』の連続討伐なんか出来るわけねえからなあ?」
「……クラントか。別に、普通に倒しただけだよ」
「オレサマに勝てないお前がか、エクトル? それは不可能なんだよ、早めにイカサマしましたってギルドに言った方が、罰則は軽くなるぜ?」
そんな中でも、ずっと俺を毛嫌いしていたクラントが、あからさまに嫌みを込めて俺に絡んでくる。クラントの口癖は『速さこそ正義』で、そんな口癖に恥じぬ異常な程の『魔法発動速度』を誇っていた。俺の火力は高いが魔法発動速度が遅い『家系魔法』は侮蔑の対象だったのだろう。『最強学院』に居た頃からことある毎に俺の事を蔑んで来ていた。
「それとも、今オレサマと戦うか? ……ああ、やらないよなあ? オレサマの冒険者ランクはA級。オレサマに負けたら『樹林の巨人』を狩るのにイカサマしましたって白状するようなもんだからなあ?」
「ん……? ああ、良いぞ。戦うか、俺も対人戦での能力を検証したいと思っていたところだしな」
「はは……無様だな、取り繕うのに必死になってよ。良いからカウンター行くぞ、さっさとイカサマを白状しろ。……んあ? 何だって? お前がオレサマと戦う?」
クラントは俺を蔑んだ口調のまま、俺が意外な事を言ったように動きを止めた。そして、肩を震わせると顔を真っ赤にして怒りを露わに、俺へ叩きつけるように告げる。
「ああ、ああ、良い度胸じゃねえか。オレサマがおめえを教育してやるよ、『最強学院』を退学せられたクズが」
「ああ、楽しみしてますよ、先輩?」
その言葉に対して煽るように先輩、と言うと、クラントは更に怒ったように拳を強く握りしめ、ドタドタと足音を鳴らしながらギルドに併設された訓練場に向かう。
「ぶっ殺す」
そんな言葉を残して。
◆ ◆
冒険者ギルドに併設された訓練場は、いくつかに分かれているが、俺とクラントが向かったのは、その中で特に大きな区画だった。
大きさは直径五十メートル程の円形。流れ弾に配慮して、高さ二メートルの対魔力レンガで作られた壁が取り囲んでおり、地面は薄茶色の砂で覆われている。
「遺言の準備は出来たか?」
「先輩に殺されるつもりはないので大丈夫ですよ?」
俺とクラントは十メートルほどの距離を開けて対峙する。普通に走っても二三秒かかる距離だが、魔法の使用前提なら密接しているのと殆ど変わらない距離だろう。攻撃魔法を使えば一瞬で届くし、身体強化系魔法を使えば、一足一刀の間合いでしかない。
そんな中、俺は懐から真っ赤な掌ほどの魔石を取り出し、クラントに気付かれないように小さな声で語りかけた。
「リーシャ、聞こえてるか? これから面白いことが始まるぞ」
『勇者さま、戦闘ですか!? え、冒険者ギルドの訓練場? 何で相手の人あんなに殺気立ってるんです?』
「さあな」
すると、脳に直接リーシャの声が届いてくる。更に魔石の魔力が胎動し、俺の身体に向けて侵入してきた。魔石の中に『常駐魔法』で仕掛けてあるのは、俺の五感を共有する魔法。俺が『常駐魔法』で戦闘しているデータをリーシャに送ることで、『常駐魔法』の更なる発展の協力しているわけだ。
『五感同期完了、勇者さま、いつでもどうぞ』
「了解」
リーシャが準備完了の声を放つのを確認してから、俺はクラントに向き直る。
「先輩、いつでもとうぞ?」
その声が引き金となり、戦闘は開始される。
『速いっ!?』
始めに響いたのは、リーシャの悲鳴だった。クラントは一瞬で『身体強化』魔法を使い、十メートルの距離を刹那の内に詰めてくる。詰めてくる間にもクラントの魔力が何度も爆発的に膨張し、その異常な魔法発動速度でいくつもの魔法を重ねがけしているようだ。
おそらくは、それがクラントの『家系魔法』。他の家の追随を許さぬ、『魔法発動速度』を以て瞬殺する、そういうコンセプトで研究される魔法。
「死ねっ!」
クラントがいつの間に抜いたのか、剣に蒼色の強化魔法をかけて斬りつけてくる。それは、対人戦闘における定石。『防壁魔法』に対して魔法と物理、両方で負荷をかけることで、より破りやすくなるという経験則による攻撃。
だが。
「なんっ!? このレベルの『防壁魔法』、だとっ!?」
「残念」
クラントの攻撃は、俺に当たる一メートル前であえなく弾かれる。既に『発動状態』にあった『上級反射防壁魔法』は、世界の魔力を使って強化された上で常時展開されている。ただの、下級の『反射魔法魔法』で『樹林の巨人』の攻撃を反射したこれを破るには、『樹林の巨人』を上回る攻撃力が必要だろう。
「『照準』。『M:ファイアーボール』」
そして、弾かれた攻撃に『樹林の巨人』と同じく体勢を崩すクラントを右腕を真っ直ぐにして指し示し、俺は『発動待機状態』にしておいた攻撃魔法を放つ。火属性上級攻撃魔法である『M:プロミネンスバースト』では威力が高すぎてクラントの魔法防御を貫通して消し炭にしかねない。
それを見て、クラントは危機感を感じたのだろう。移動系魔法か何かで強制的に身体を移動させ、『M:ファイアーボール』の射線から逃げる。
直後、一瞬前までクラントのいた場所を『M:ファイアーボール』は通過する。通過した攻撃はそのまま直進を続け、対魔力レンガに当たって爆発を起こした。
『何度見ても、信じられない威力です……』
リーシャが呟くように、魔力へかなり高い耐性をもつ対魔力レンガの壁が、初級魔法である『ファイアーボール』で半壊している。恐らく『M:プロミネンスバースト』だと対魔力レンガですら消し飛ばすだろう。
だが、俺にとってはそれは当たり前。当たり前の光景に眼を奪われることなく、俺の魔力回路は滑らかに次の手を打つ。
『M:身体強化』魔法。
通常の身体魔法より遥かに倍率の高いその魔法は、『発動待機状態』だったが故に時間の経過を感じさえせず発動する。攻撃を弾かれ、不自然な体勢だった所を、更に無理矢理逃げてどうしようもない状態になっているクラントは、魔法発動も、俺が移動したということすら感じられなかっただろう。俺はクラントの頭を掴んで地面に叩きつけ、クラントにも分かるように魔力を励起させる。すぐにでも攻撃魔法が撃てる、ということが伝わるように。
「チェックメイト」
「クソがッ! こんなの嘘だろ、俺がエクトル如きに負けた、だと……?」
『流石勇者さまです、瞬殺ですね!』