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04.  英雄譚の始まり

樹林の巨人(フォレストギガント)』を倒した俺は、腰が抜けたように座り込む少女の元に向かう。


「大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます……」


 俺が手を差し出すと、少女は恥ずかしそうにお礼を言うと、俺の手を掴んで立ち上がる。俺はそこで始めて、少女の顔を正面からきちんと見ることが出来た。


 肩まで伸ばした金髪に、蒼色の瞳。顔立ちは『可憐な』という形容詞が似合うだろう。身長は俺より頭一つは小さい。着ている皮鎧には小さな宝石が埋め込まれており、何かしらの魔法が刻まれた魔石だろうと思われる。恐らく、さっきの防壁魔法も少女が放ったのではなく、その魔石が術者の危機を感知して自動的に発生させたのだろう。S級の魔物が放つ攻撃を完全に防ぎきるレベルの防壁魔法が能動的に貼れるなら、『樹林の巨人(フォレストギガント)』から安全に逃げ切れることさえ出来たはずだ。少女の冒険者ランク自体は、やはりC級辺りで間違いないだろう。


 立ち上がった少女はすぐさまペコリと頭を下げると、再びお礼の言葉を俺に向けて告げた。


「勇者さま、助けて下さって本当にありがとうございます! 私はリーシャ・バンダーヴィルドと言います。本当に助かりました……。何かお礼をさせてください。私に出来ることなら、なんでもやってみます!」

「勇者……? いや、礼は必要ない。お金にも特には困ってないし、冒険者としてもサポーターを募集しているわけでもない。それに、なにか礼が目的で助けたわけじゃない。ただ、見過ごせなかっただけだからな」

「えっ……」


 俺のそんな言葉に、リーシャと名乗った少女は戸惑ったように声を漏らした。きっと素直な性格のだろう。助けてくれた相手に、なにかお礼をしたいとすぐに考えつくことが出来るほどには。


(危ないところを勇者さまに助けられて、なんでもやるって言ったのに、なんで何も要求されないの……? いえ、きっとあと少し押しが足りないのよリーシャ、ここで下がったらお伽話みたいな展開にはならないわ……!)


 ……いや、リーシャの口から漏れ出る呟きを聞く限り、夢見がちな年相応の少女なのかもしれない。


「ともかく、礼は必要ない。森の出口への行き方は分かるな? 俺はまだやることがある、今日はもうギルドへ帰って、『樹林の巨人(フォレストギガント)』との遭遇報告でもするんだな」


 少女の呟きに嫌な予感がした俺は、すぐに少女へ背を向けると、口早にそう告げる。そしてそのまま、『撃破の大熊(バスターグリズリー)』の討伐確認部位を剥ぎ取りに向かおうとする。


 しかし、やっぱり後ろから……リーシャの声が追い掛けてきた。俺はそんな声にも振り返る事なく、声だけで断り続けてどんどんと進んで行く。


「待ってください勇者さま……! 依頼のときお手伝いしますから……」

「残念ながら、サポーターは募集していない。さっき言わなかったか?」

「う……家事が出来ます! 勇者さまのためにご飯を作ったり掃除をしたりします!」

「食事は外食しているから問題ないし、宿屋に泊まっているから、数日に一回宿屋を変えるだけで綺麗な環境になるな」

「そ、それなら……。勇者さまはあの強力な魔法の発動に手間取っていたみたいですが、私の『家系魔法』を使えば、短縮できるかもしれません!」

「……なに?」


 突然出てきたリーシャの言葉に、俺は思わず足を止め、振り返ってしまう。


 興味を引かれた、という仕草をとってしまった俺を見て、リーシャはやっとお礼が出来そうだ、とばかり、嬉しそうに笑っていた。







「それで? 発動速度を早めるっていうのはどういうことだ?」

「はい。私の、バンダーヴィルド家の『家系魔法』は『常駐魔法』。簡単に言うと、『魔法を任意の状態で保持することが出来る』魔法です」


 リーシャによるその説明を聞いて、俺は眉をひそめた。そんな魔法の存在はおろか、噂すら聞いたことがなかったからだ。秘匿されている『家系魔法』であ

るから当たり前のことだが、なんだが怪しく感じてしまう。


「……魔法の状態を保持できる、っていうことは、魔法発動状態を保持して常に『防壁魔法』を発動させつづけることが出来るわけか?」

「はい、それに魔法発動直前の、『発動待機状態』を保持することで、攻撃魔法を『無詠唱』や『詠唱破棄』で放つ魔法より速く放つことも出来ます」

「……なるほど、『魔法発動時間』の前払いが出来る訳か」


 俺は『常駐魔法』のカタログスペックを聞いて、さっきとは反対に驚いていた。メリットだけ聞けば、明らかに有用な魔法だと感じられる。今判明している『常駐魔法』の効能は『魔法発動状態の保持』と『魔法発動時間の前払い』だけだが、シンプル故に強力な効果と言えるだろう。


 だが。


「だが、その『常駐魔法』が現代の『オド魔法』で採用されていない、廃れた魔法である以上……致命的なデメリットがあるんだろ?」

「……はい。勇者さまの言うとおりです……。『常駐魔法』は、魔法を保持している間、ずっと一定の魔力を消費します。それも、魔力の自然回復量よりずっと多い量を……。保持魔力量だけで、一般の冒険者は半日持たないでしょう……」

「え? それだけか?」


 要約すると『消費魔力量が多いから廃れた』というリーシャの説明だったが、しかし俺は驚いたように聞き返した。


「例えば発動させたい魔法の威力が弱くなるとか、複数保持が不可能とか、そういうデメリットは?」

「いえ、特にありませんけど……? もしかすると昔はあったかもしれませんが、『家系魔法』として長い間研究している間にそんな制限はなくなってますよ?」


 その言葉を聞いて、俺はよし、とガッツポーズをとった。


 だってそうだろう。俺の『家系魔法』である『マナ魔法』には、魔力消費量なんて関係ない。世界に漂う魔力は、今日もどこかで生産されて、自然分解の中で使われている。『マナ魔法』はそんな魔力の一部を使うだけ。無限に近い広さを誇る世界が生み出す魔力を、ちっぽけな人間が使い尽くすことなど出来るはずがない。


「よし、リーシャ。その『常駐魔法』を教えてくれ。何なら『常駐魔法』の使用データをバンダーヴィルド家に提供しても良い」

「……本当に良いのですか? とは、訊かないことにしましょう。勇者さまのご決断のままに」


 そうして俺は、リーシャから『常駐魔法』の発動方法を教わった。『常駐魔法』はバンダーヴィルド家の長年の研究成果か、発動難易度そのものは難しくない。俺はリーシャから提供された詠唱を、魔法陣を、『マナ魔法』用に改造して行った。ピアノ用に描かれた楽譜を、同じようなメロディを描くよう、ギター用の楽譜に変換するように。


「出来た。……発動せよ『M:常駐魔法』、そして『M:プロミネンスバースト』を『発動待機状態』に、『M:反射防壁魔法』を『常時発動状態』にせよ」


 俺が『世界の魔力(マナ)』を操作してからおよそ二分。先ほど『樹林の巨人(フォレストギガント)』を倒したときに起動した『M:プロミネンスバースト』の起動時間の数倍をかけて、『M:常駐魔法』は発動する。常駐魔法で攻撃魔法と防御魔法を同時に起動しているのだ、それくらいはかかってもおかしくないが……『魔法発動時間の前払い』という観点から見れば、短すぎる時間だろう。日常生活の中での二分が、戦闘時間での一瞬を作れるならば、有利過ぎる交換と言っても過言ではない。


「そんなに『常駐魔法』を多重起動させると、魔力がどんどん減っていきますよ……?」

「いや、問題ない。問題ないようにしているのが、俺の『家系魔法』だと言えば分かりやすいか?」


 俺の『マナ魔法』の事を知らないリーシャが心配そうに俺を見るが、俺の答えに納得したように頷いて、次の瞬間すごい速度で俺の顔に向かって振り向き凝視した。確かにバンダーヴィルド家からすれば、それは欲しい魔法系統に違いない。魔力蓄積炉である『魔石』に頼らず、魔力の大量消費問題を解決する手法というものは。


「ん? ああ、(つがい)だったのかな? 敵討ちという訳か」


 そんな事をしていると、俺は悪寒を感じて後ろを振り向いた。すると、先ほど倒したのとは別の『樹林の巨人(フォレストギガント)』が立っている。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」


 先ほど倒した『樹林の巨人(フォレストギガント)』の番なのだろうか、胴体だけになった『樹林の巨人(フォレストギガント)』を見て絶叫する巨人は、凄まじい速度で俺に向かって接近し、その拳を振り下ろしてきた。その速度は先の巨人より明らかに速い。速度特化型の個体なのだろうか?


「丁度良い。『M:常駐魔法』のお試しと行くか!」


 俺はその拳を避けることなく、腕組みをして正面からその攻撃を見据えた。緑の皮膚で覆われた巨拳が俺の身体を潰す……その直前で、巨拳はゴムボールを思い切り殴った後のように、思いっきり後ろへと弾かれる。


「す、ごい……『反射防壁魔法』で攻撃を反射するのは、ただ『防壁魔法』で攻撃を遮断するのよりも魔力消費も、難易度も、桁違いなのに……。流石勇者さま……っ!」


 ただの『ファイアーボール』でAランクの魔物をワンパンする程の『マナ魔法』を、防御に使ったらこうなるのは必然の事だろう。そして、大きく体勢を崩し回避が不可能な状態に自ら陥ってしまった『樹林の巨人(フォレストギガント)』に向かって、俺は右手を真っ直ぐに伸ばして『照準』した。


「『M:プロミネンスバースト』」


 魔法の発動にかかった時間は感じることが出来ないほど、ごくごく僅か。一体目の『樹林の巨人(フォレストギガント)』と同じように胸部から上を炭化・消滅させられた巨人は血を噴き出させることもなく、力なく地面に崩れ落ちる。


「瞬殺だな。……これは使える」

「勇者さま……すごい……」




 この日、エクトル・メラネシアは、世界最強クラスの魔法を手に入れる。


 それは、後に『不毀砲撃(イモータルカノン)』の二つ名で呼ばれるようになるSランク冒険者であり、そして世界を救う英雄が……初めて『Sランクモンスターの2体連続討伐』という偉業を成し遂げた日であり。


 その英雄譚が、真に始まった日であった。


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