サンタ存在論
「3時26分を見せて」「7月2日を持ってきて」
どうしましょうか?ということで物理的には
存在しなくても概念として存在するのが例の
おじいさんです。店は儲かり子供は目当ての
品が手に入るし、親は躾のエサにできるから
暗黙の内に聖域になっちゃった。同じような
モノでも誕生日やお年玉といった個々の家庭
内年間イベントには無い共有のキャラクター。
「親が子供にプレゼントする」という行為に
付けられた期間限定の名前なのです。
有形無形のモノに名前を付けることでヒトは
その概念を共有してきました。私も勝手に
世界には「分」、個人には「自身の世界=
自の分=我」、「我は分の中に存在する=
密接に絡まっている=羅」と名付けています。
つまり「我」は永遠たる世界の一部であり、
また世界も「我」の一部、故に個人は決して
虚無な存在ではなくて・・・
また、その話かい!いやまぁ、だからこそ
例の「信じていない=その概念の意図する
コトを容認しない=親が子供にプレゼントを
する行為を認めない子供には、サンタさん
来ないよ」という論理が成り立つのでは?




