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僕は……僕のために戦うんだ

 お昼休みに裏庭で茜ちゃんと蒼衣ちゃんと話をして。

 五時間目は数学で、居眠りこいて。六時間目の古文の時間に、あいつは現れた。


「いでよ魔獣よ!」


 魔人シュルク。僕が魔法少女になるきっかけを作った、タキシード姿の紳士然とした姿の魔人だ。

 シュルクが空を仰ぎ、そう声高らかに言うと、急に真っ黒な雲がそらにかかり、辺りは薄暗くなった。

 つぎに、校庭に巨大な魔方陣が浮かび上がる。

 それが一際紅く輝くと、地面から毛むくじゃらな虫の脚が生えてきた。


「な、なんだよありゃ……!」


 次々と生えてくる脚。しかしその大きさが異常だった。

 これまでの魔獣は、皆体長二メートルから三メートル程度だった。しかし今目の前で次々と生えてくる脚は、明らかにそれを大きく超え、十メートルはある。


「ひっ……!」


 そしてついに、その全貌が明らかとなった。


 その魔獣は、巨大な……巨大すぎる蜘蛛だった。

 テレビでよく見る……しかし実際には見たことのない種だ。

 パニック映画ても有名なそれは、タランチュラと呼ばれる蜘蛛だった。


 僕が戦いに慣れてきたから、弱い魔獣を小出しにするのではなく、強い魔獣で一気に潰そうと……か。

 ティムと話していたことが現実となった。


 他の生徒達が窓際に群れて、外に視線が集まっているのを確認した僕は、そろりと立ち上がって教室を出た。廊下に出ると、急いで屋上に向かう。

 学校に魔獣が出た時は、屋上で変身して、飛び降りて駆けつける……最近はそうしていた。


 うちの学校の屋上は、なぜか鍵がない。しかし一応階段の前にロープが張ってあって、通行禁止にはなっている。

 僕はロープを跨ぎ、階段を登って……そして屋上へと出た。

 


「蕾」


 ……心臓が飛び跳ねた。


「な、なに努」


 すっかり暗くなってしまった空下で振り返れば、僕の後を着いてきて屋上にやって来た、睨むような表情を浮かべた努。


「どこいくんだよ」

「え、えっと、上から見てみようと思って……」


 急がないと、魔獣が暴れだすかもしれない。早く行かないと。


「……そっか。じゃあ俺も上から見てみる」

「はぁ!? あ、いや、努も上から見たいの?」

「……どうした蕾。ずいぶんと慌ててるな?」

「そ、そんなことないよ?」

「そっか。てっきり俺は、あいつの事で慌ててどっか行こうとしてるんだと思ってた」

「っ!?」


 努が指差すのは、フェンスの向こうにいる巨大な蜘蛛だった。


「な、何言ってんだよつと……」

「魔法少女ブルーミングリリィ」

「は……」


 思わず、息が漏れた。そして努の顔をマジマジと見た。

 そういえば、今まで焦っていてちゃんと努の顔を……目を見ていなかったことに気が付いた。

 努は……怖いくらいの真面目な顔で、真っ直ぐに僕を見つめていた。


「すまん。実のところ、あの時、俺見てたんだ」

「え……?」


 あの時って一体いつのことだ?

 僕がブルーミングリリィとして戦っている時……?


 ……いや、僕がブルーミングリリィに()()()()()……!?


「ま、まさか……あのチーターの時から……!?」

「ああ」


 意味がわからない。なんで? どうして言ってくれなかったんだ?

 そして、どうして今それを言うんだ!?


「蕾は、あの時、事情を話してくれなかっただろう。どうしても言えない事情でもあったのか……それとも俺が、信用するに値しなかったのか」

「そんなこと……!」

「……とにかく、蕾は俺に話さないって選択をしたんだ。なら、そっとしておくのが……ただ見守っておくのが、俺にできることだって。そう思ってた」

「つ、努……」


 吐き捨てるように言う努の、辛そうな顔が酷く印象的だった。


「けど、今回はダメだ。あの魔獣は、今までとはまるで比べ物にならない」

「そう、だけど……」


 うん。どこからどう見ても、今までのとは一線を画す魔獣だ。


「蕾が、戦う必要なんてない。てか、一緒に逃げようぜ? 二人で……」

「つ、努……? 何言って……」


 訊ねると、その整った顔を自嘲的に顔を歪めた。


「……俺、外面は良いけど、結構自己中な人間でさ。自分と……あとは大事なやつさえ無事なら、それで良い……そういう人間なんだ」


 その中には僕もいるようで……それは、とても嬉しい。だけど。


「……ダメだよ」

「ダメじゃない。だっておかしいだろ! お前は争い事も、運動も苦手な、ただの男子高校生だ! なんでそれが命かけて戦わないといけないんだよ!」

「僕には、力が……魔力があるから」

「んなもん関係ねえ!お前が欲して手に入れたもんじゃねえんだろ!?」


 ……確かに、全く理不尽さを覚えないかと言えば、嘘になる。戦争とか、そう言うのは大人達でやってほしい。

 十八歳で選挙権が得られると言っても、それだけ。僕らは……僕は、まだ子供だ。

 だけど、僕だって大切な人がいる。


「ごめんね、努」


 下の方で、シャイニングサンとポーリングレインの悲鳴が聞こえた。


「僕は……僕の大切な人を守りたい。もしここでシャイニングサンとポーリングレインがやられたら、僕一人じゃ、守れない。努も、母さんも……守れない」

「だからって、なんでお前なんだよ……お前が重荷を背負わなきゃなんないんだよ……」

「さぁ……?」


 そればっかりは、運命ってやつなんだろう。僕にはどうしようもない。

 だけどこれだけは言える。これが僕の戦う理由で、そして信念でもある。


「なんで僕に力があるのか……そんなのは今更どうしようもない。だけど、戦う……いや、守る力があるのに、戦わないで大切な人を失うのは、自分が許せない。僕は……僕のために戦うんだ」


 ……隕石が降ってきたような轟音が聞こえてきた。

もう、時間がない。


 ……僕は、決意を固めた。もしかしたら、これによって努とは親友じゃいられなくなるかも知れない。それほどまでに、決別を意味する行動だ。だけど、うだうだしていたら全てが手遅れになってしまうだろう。


「ごめん、努。僕、行くよ」


 反応を待たず、鍵を取り出す。

 決意……いや、恐怖から、もう努ではなく蜘蛛の魔獣に向いていた。


 変身の呪文を唱えようとした、その時。背後から、声がかけられた。


「……蕾。無事に戻って来いよ。()()()()()()()()


 ああ、努は、こんな僕をまだ受け入れてくれるんだ。

 正体を知っても、その誘いを断っても。それでも帰る場所であってくれようとしている。

 それがどうしようもなく嬉しくて。どうしようもなくほっとして。

 そして、どうしようもなく気持ちが荒ぶった。


 ──絶対に、勝たなきゃね!


「行ってきます」


 僕はそれだけ返して、フェンスに向かって走り出した。


「オープン・ザ・リリィ・ドア!!」


 走る僕は閃光となって、フェンスを楽々と飛び越えた。


 狙う着地地点は、倒れるサンとレイン。それに近付くタランチュラの中間!

 頭から真っ直ぐに目標地点に向かって落ち、地面の寸前でくるりと体を反転。


 両足でしっかりと着地をする。


 爆音と共に、土煙が大きく上がる。魔獣の足音が止まったのが聞こえた。

 それを確認して、僕は素早く回復魔法二人にかけた。


「リリィ・ヒーリング・ワウンド」

「あ……傷が」

「全く……遅いわよ」

「ごめん……ちょっと友達に捕まってね」


 束の間の安全。土煙が収まれば、そこからは第二ラウンドの始まりだ。

 サンとレインが立ち上がるのを確認して、僕は真っ直ぐに魔獣のいる方向を睨む。


 ……そして土煙が収まった。


「魔法少女ブルーミングリリィ……必ず、わたしが助ける!」


 その名乗りは、魂の誓い。戦う理由。

 努……あとサンとレインも。絶対に助ける。


 その誓いを立てて、僕はステッキを構えた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 私と日比谷くんが神妙な顔でうつむいていると、突然けたたましいアラームが建物中に響き渡った。

 そして直後にかかるアナウンス。


「二時五〇分、常夏高校校庭に魔人出現。その後上級魔獣を召喚。現在、魔法少女シャイニングサン、ポーリングレイン、ブルーミングリリィが戦闘中」


 ガタッと、私は勢いよく立ち上がった。


「百合園さん!?」

「行かなきゃ……蕾が……上級魔獣と……!」

「落ち着いてください!」


 すぐにでも駆け出しそうな私を、日比谷くんが必死に押さえる。


 蕾は、争いごとが苦手な子だ。暴力的な喧嘩だって一回もしたことがないし、そんなことになったらすぐ逃げるタイプだ。

 そんな子が、命をかけた戦いをもう何度もしている。母親である私はこんな安全なところで指示を出すだけなのに。

 しかも今回の相手は上級の魔獣。今までとは比べものにならない強さだ。


「百合園さん! はやる気持ちは分かります! ただ、だからこそ万全の準備をして、息子さんを必ず助けられるようにしてから行きましょう!」

「っ、そ、そうね……ありがとう日比谷くん」


 確かに、今私が一人手ぶらで行ったところで、何もすることが出来ない。

 それなら、今開発している対魔獣用兵器の一つや二つでも準備して持って行った方が、蕾を助けられる可能性は高くなるだろう。


 私は机に置かれたマイクのボタンを押し、魔獣対策課全体に指示を出した。


「こちら魔獣対策課総合司令部。これより、対魔獣用兵器「刀」、「銃」、「盾」を持って現場に急行する。至急準備されたし」


 壁の上の方に設置されたスピーカーから、私の声が一拍遅れて流れてくる。

 マイクのボタンを放すと、私は白衣を脱ぎながら日比谷くんに目配せした。


「日比谷くん、行くわよ!」

「はい!」


 ……もう、あの少女達だけには戦わせない!

明日の更新、できるかな……。

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