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キミは、人と言うよりむしろ……

 翌朝、僕は憂鬱な気持ちで登校していた。

 天気も心なしか薄っすらと曇っていて、僕の心の中のよう……なんて。


 それは、昨晩……母さんが家に帰ってきてからに遡る。







「ただいまぁ〜」


 僕が風呂から上がって、髪を乾かしていると玄関から母さんの声が聞こえた。

 タオルで髪を拭きながら出迎えに行く。


「おかえり母さん。悪いけど、休みたいから先にお風呂もらったよ」

「は〜い……あ、でも。これから色々とお話したいことがあるんだけど」

「あー、まあ……そうだよね」


 そう言えばそうだ。お互い、今日初めて相手の秘密を知ったわけで。

 事情を話したりしなければならないだろう。


「……でも、その前に」

「ん、なに?」


 ギュッと、抱きしめられる。いつもの疲れて帰ってきたときの、すがり付くようなのではない。

 そっと包み込むように、優しく、抱きしめられた。


「本当に、無事に帰ってきてくれてありがとう」

「……うん、ただいま」


 僕はそう言って、そっとその背中に手を回した。




「……それにしても、まさかブルーミングリリィの正体が蕾だったなんてね」

「あはは……僕もびっくりしたんだけどね」


 ちゃぶ台で向かい合うように座り、紅茶を飲みながら話をする。

 僕も母さんも猫舌だから、しばらくは香りだけを楽しむことになる。


「ええと、まずは僕から事情を説明するよ」


 一ヶ月ちょっと前、校庭に魔人に人質にされたこと。

 サンとレインを庇って大けがを負ったこと。

 そこで、妖精のティムと出会ったこと。

 男なのに、魔法少女の素質があった僕は、魔法少女になったこと。

 そして今まで、正体を隠して戦ってきたこと。


 ここ最近の出来事は知っているようだったので、あまり詳しくは話さなかった。

 全てを話し終えると、母さんは一言。「頑張ったわね」と、そう言ってくれた。

 結局は「大切なものを失いたくない」という理由、つまり自分のために戦っていたに過ぎないのだけど、そう言われた瞬間、とても報われた気がして……胸がすごく熱くなった。


「今度は母さんの話、聞かせてよ」


 潤む目を伏せ、誤魔化しながら僕はそう言った。

 まあばれてはいるだろうけど、母さんはその件には触れず、話し始める。


「ええと、まずどこから説明しましょうか……。ううんと、魔獣対策課に入った所から、遡りながら話すわね」


 母さんはそう前置きをして、とても信じがたい……壮絶な人生を語り出すのだった。


「遙か昔から、人間界と魔界と妖精界は関わりがあったと言われているの。

 ほら、昔は魔女がいて、悪魔を召喚して……ってよく言うでしょう?

 人為的じゃない……偶発的な原因でも、魔界との扉が開いてしまうことが、今でもあるの。

 そうしてやってくる魔獣に対抗するために、世界各国に対魔獣組織が秘密裏に結成されてるんだけど……私は昔、ある経験をしていてね? そのことがきっかけで、日本の対魔獣対策課、総合司令部に入ることになったの。これは五年くらい前のことね」


 五年前……僕が中学生になった頃、母さんが転職したのは聞いていた。

 それがまさか国の組織だったなんて……。


「それで、ある経験がなんなのかを言う前に、私の実家……百合園家のことから話そうかしら」


 


 ……一応、知っていることはある。

 百合園は、日本を代表する金融機関LG銀行を運営する一族で、とんでもないお金持ちなのだ。旧華族らしく、合併せず吸収だけすることで"百合園"のネームバリューを保ってきたらしい。


 母さんがその百合園の家の娘で、昔何かがあって百合園家と縁を切った……ということは知っている。


「私には小さい頃から許嫁がいたんだけど、ある時運命の人と出会ってね……駆け落ちしたの」

「へ?」


 許嫁? 駆け落ち?

 母さんが口にした言葉は何とも現実味がなくて、僕は一瞬フリーズしてしまった。


「今から言うことは夢物語でもおとぎ話でもないから、落ち着いて聞いてね?

 ……私が魔獣対策課に採用されたのは、高校生の頃、妖精界に行けていたからなの」


 そこから語られた内容は、とても信じがたい出来事の数々だった。


「夜、眠りについている間だけ、私は妖精界に行けていたの。最初は夢かと思ったんだけど、妖精界で手に書いた文字が、起きても残ってたから、これは本当のことなんだなって思ったわ」


「毎晩目が覚めると、大きな百合園(ゆりえん)の中にいてね、ある晩、一人の男の人と出会ったの」


「その人と毎晩、いろんな話をしたわ。人間界のこと。妖精界のこと。自分自身のこと」


「その内、お互い惹かれ合うようになって……そして蕾、あなたがお腹の中に宿ったの」

「そ、それって……僕、人間と妖精のハーフってこと!?」


 そして明かされたのは、なんと僕の出生秘話だった。

 しかしそう訊ねると、母さんは微妙そうな顔をした。


「そうであるとも言えるし、そうでないとも言えるのよね……」

「え、どういうこと……?」

「それについては、ボクから説明するよ」


 その時、開けていた窓から丸いウサギのぬいぐるみが入ってきて、そう言った。


「あ、ティム。おかえり。それで、説明って?」

「ただいま。まあ前にも言ったと思うけど、妖精は普通に人と同じ姿形をしているんだけど、実は性別はないんだ。子供も、魔力で自然に生まれてくる……木の根っこの中とか、巨大な桃の中からね」


 もしかして桃太郎は妖精だったのかもしれないな……そんなことを思いながら、話を聞く。


「だから、キミのお母さん……キサキは、キミのお父さんと人間で言う生殖行動は行っていないんだ」

「え、そうなの?」


 思わず振り返り、母さんに訊くと、顔を赤らめて頷いた。


 つまり母さんは、処女のまま僕を産んだってこと!?

 ……それはさすがに、声に出しては訊けなかった。


「そんな訳で、ツボミ。キミは遺伝子的には、染色体以外はキサキと全く同じ……クローンのようなものなんだよ。」

「へ?」


 言っていることは分かる。

 父さんの遺伝子が入っていないなら、僕の体を構成する遺伝子は全て母さんから直通したものだ。けど母さんは女で僕は男だから、染色体……所詮X染色体とかY染色体と呼ばれるものだけが違うのだろう。

 確かに、小さい頃から母さんにそっくりだそっくりだとは言われ続けてきたけど、まさか本当に母さんと同じ存在だったとは驚きだ。

 ……だけど、だからってクローンって。


 勝手だけど、クローンと言えば映画とかのせいで「まがい物」や「劣等種」というマイナスなイメージがある。

 僕はそんなクローンだと、言われたのだ。


 僕がショックを受けた顔をしていると、ティムは慌てたように弁解してきた。


「ご、ごめん。クローンというのは誤解があるね。訂正するよ。

 だけど、これからもっと辛いことを言う。

 確かに遺伝子的にキミはキサキと同一だけど、魔力的には全く別の存在なんだよ」

「ま、魔力的……? どういうこと? 訳わかんないよ……」


 そろそろ頭がパンクしそうだった。母さんが妖精界に行けていたこととか、父親が妖精……いや、そもそもいなかったこととか、僕は母さんと同じだったこととか……。

 色々な情報が一気に与えられ、知恵熱が出そうなほど混乱している。


「……例えば木から生まれた妖精は、木の性質を強く引き継いでいるけど、あくまで妖精であって木ではないんだ」


 それは、なんとなく分かる。

 だって生まれたのはあくまで人の姿をした妖精なんだから。


 人の姿をした、妖精。


「ま、まさか……」

「ツボミ、キミは確かにキサキという人間から生まれた。だけど、あくまでそれはキサキという宿主に宿った魔力なんだ」

「や、やめて……」

「キミは、人と言うよりむしろ……」

「やめてよ!」


「蕾は人間よ」


 ティムが、僕が一番聞きたくないことを言う。僕は耳を塞ぐことも出来ず、訪れるであろう絶望的な言葉を前に、縮こまって拒絶することしか出来なかった。

 だけどその時、母さんがティムの声を遮って、強く、凜と言ったのだ。


「……蕾は、人間よ」


 ティムも、僕も、声を発せなくなる。

 空気が、全て母さんに呑まれた。


「蕾は人間から生まれた、人間の男の子なの。人間界で生まれて育って……人間の魔法少女として戦う、一人の男の子なの。

 男なのに、魔力を使える……その原因は確かに、半分は妖精界の魔力のせいではある。けれど、もし蕾が妖精なら、人間界で人としては生きれないのよ。だって見なさい、ティムちゃんを」

「あ……」


 本来は人型であるティム。だけどそこにいるのは、ぬいぐるみだ。

 魔力によって生きる妖精は、魔力のない人間界では人の姿を保っていられない。

 そう言っていたのは、ティム本人だ。

 もし僕が妖精なら、僕は人間界では人の姿をしていなかったはずだ。


「……確かにそうだ。それは盲点だった……。ティアと色々話したけど、それは正直思いつかなかった。っていうことは、ツボミが妖精であるという確証はなくなった」

「全く……妖精は少し人と常識というか、考え方というか……価値観が違うのが玉に瑕よね。私も彼と何回も喧嘩したもの」


 あくまで淡々と語るティムに、初めて嫌悪感というか……不気味の谷とでも言うのだろうか。

 今まで人と同じように接していたのに、急に非人間的な態度を見せつけられて、不気味に思ってしまった。

 だけどそうだ。ティムは妖精……自然に生まれて、人間とはまた違った環境で育ち、妖精としての考え方や思想を持っているんだ。


 そう思うと、不気味に思っていたことも少しは良くなった。


「……蕾」

「どうしたの? 母さん」


 これで話は一段落したと思ったんだけど、母さんは暗い表情のまま話を続けようとする。


「これから言うことは、可能性の話。だけど、九十九パーセントありえる話よ。心して聞いてちょうだい」

「な、なんなのさ。そんな深刻そうに……」


 僕が茶化すようにしても、母さんは悲痛そうなまま。


「魔法少女ブルーミングリリィの正体が、蕾だと言うことはもう上には伝わっているの」

「う、うん」

「それはつまり、男が魔法少女になるというありえない前例と研究対象を作ってしまったと言うこと。そして人と妖精の子は、みんな魔法少女になれるという可能性を作ってしまったと言うことなのよ」


 研究対象、というワードを聞いたとき、僕の背筋を冷たいものが走った。


「多分これから、蕾は魔獣対策課の魔力研究部によって色々な実験に付き合わされると思うの。

 これは任意……とは行かないでしょうね。相手はずるい大人よ。

 脅してでも同意をとって、実験を行うでしょうね」

「そ、そんな……!」


 大切な人を守りたい……そう思って魔法少女になったのに、実験のモルモットにされる? 冗談じゃない!!


 僕が悲痛のうめきをあげると、母さんが悔しそうに僕を抱きしめてきた。


「ごめんなさい。私もできる限りのことはするわ! 総合司令部部長としての権限をいくらでも使って、できる限り蕾を守る! だけど、絶対とは言えない。だから、ごめんなさい。頼りないお母さんで」

「母さん……」


 母さんが僕を抱きしめる力は、痛いほど強くて。

 そこにどれだけの思いが込められているかが、痛いほど伝わってきた。

 だから、僕はそれ以上、何も言うことが出来なかったんだ……。







 僕が昨晩の出来事を思い出して、ため息をこぼしながら歩いていると、前方に見慣れた背中を見つけた。


「……おはよ努」

「え? ……あ、なんだ蕾か。びっくりしたな」


 人の顔と全身を三回くらい見返してその反応。失礼なやつだな!


「いや、すまんすまん。一瞬どこの女子に話しかけられたのかと思って」

「はぁ?」

「マジだって。なんかお前、女っぽくなったよな」

「んな訳ないだろー!」


 と、口で言いながらも、思い返すのはスーパーで「お姉ちゃん」と言われた時の出来事。

 もしかして、ブルーミングリリィの時に女っぽく振る舞っているせいで、普段でもその片鱗が出ているのかもしれない。


 僕は戦々恐々としながら努を追いかけ回して、気を紛らわせるのだった。

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