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……みさき。百合園未咲だよ。よろしくね

「ワタシは藤堂茜。二年生よ」

「私は飯島蒼衣。茜とはクラスメイトなの。それで……どうして変身を解かないの?」

「あはは、えーと……」


 上級魔獣のタランチュラとの戦闘に勝利した僕は、シャイニングサンとポーリングレイン、それから母さんの四人で焼肉屋に来ていた。

 常夏高校の女子の制服を身にまとう二人と、デニムジャケットを魔法少女の衣装の上から羽織った僕。そしてパンツスーツスタイルの母さんという出で立ちだ。

 ちなみにタレ耳饅頭うさぎのティムは、サンとリリィの契約妖精である妖精──オッドアイのリアルな猫のぬいぐるみ姿であるティアと出会うと、そのまま二人でどこかに行ってしまった。




 ……僕は非常に困っていた。

 なんと、車に乗り込むや否や、二人が変身を解除したのだ!


 現れたのは、今日の昼に楽しく談笑した、環境委員の後輩二人。

 まさか、この二人が魔法少女だったなんて……。


 世間は狭いとは言うけど、本当に狭いなぁ……。

 僕は虚ろな目でぼんやりと虚空を眺めていた。




 そして焼肉屋に行く前に、リーズナブルなお値段の衣類店に寄り、レディースのデニムジャケットを母さんが買って来てくれた。

 変身を解くわけにはいかない僕は、不思議な力で魔法少女の衣装を脱ぐことができない。

 流石にそのままの格好だと目立つが、ブルーミングリリィの衣装は白いワンピースドレスと言うこともあって、少しカジュアルなジャケットを羽織れば良いとこのお嬢さんに見えなくもないのだ。


 と言う訳で、焼肉屋の個室に入ってお冷をもらった直後、二人が、自己紹介をして来たんだけど……。


「……ごめんね。この子元の姿に戻ると色々問題があってね」


 僕が答えあぐねていると、母さんが助け舟を出してくれた。

 しかも深刻そうな顔をするので、純粋な少女二人は……。


「もしかして、元は大病を患っているとか……」

「魔法少女の姿だったら、変身前の症状は基本的になくなるし……」


 ……と、都合の良い解釈をしてくれた。

 ナイス母さん!

 ちょっと騙してるようで申し訳ないけど、別に嘘はついてない!


「えっと、事情も考えずごめんなさい……でも名前くらいは訊いて良いわよね?」

「う、うん。僕は百合園……」


 その時の僕の脳は、まるでスーパーコンピュータのように高速で即興の名前を考え出した!


「……みさき。百合園未咲だよ。よろしくね」


 うん。蕾→未だ咲いてない→未咲という何とも安直なネーミングだ。ほっとけ。


「よろしくねー未咲!」

「よろしくね」

「うん。二人ともよろしく」


 ああ、母さんの生暖かい目線が痛いよ……。

 僕はきっと引きつった笑みを浮かべていただろう。


 それから色々話をする前に各々注文して、入室した時に注文したソフトドリンクが来た。


「じゃあ皆、上級魔獣討伐と、未咲の魔女子会参加にかんぱーい!」

「「かんぱーい」」


 乾杯の音頭をとる茜ちゃん。何やら聞き捨てならない単語が聞こえたけど!?


「って魔女子会ってなに!?」

「魔法少女女子会、略して魔女子会よ」


 さも当然かのように言われると、そうなのかと納得してしまいそうになるが……いやいや、やっぱり女子のノリにはついて行けない!


「まずコネクトン交換しよう?」


 コネクトンとは、今日本で最も使われているチャットアプリのことだ。もちろん僕のスマホにも入ってるけど……。


「ご、ごめん。今日スマホ持ってきてなくて……」

「えー! じゃあ今度絶対ね!」

「うん……」


 コネクトンのプロフィール名は蕾にしているし、スマホも男っぽい黒い手帳型ケースに入っている。それを出すのははばかられた。

 ……どうしよう。うちお金ないから二台目とか持てないぞ。

 悩みのタネが増えてしまった。


 そうこうしている内に、注文した料理が届いた。

 茜ちゃんと母さんが肉を焼き始める隣で、僕と蒼衣ちゃんはサラダをもぐもぐと食べる。

 テレビで、野菜から食べると食物繊維が最初に来るからお腹に良い……的なことを聞いてから、まずはサラダを食べることにしていた。


「うーん、やっぱり未咲さん、お嬢様な感じよね」

「え、そう?」


 僕がゆっくり食べていると、蒼衣ちゃんがそう言ってきた。


「何ていうか、上品っていうか……見ていて惚れ惚れする所作っていうか……」

「うーん、多分小さい頃から母さんに、マナーに関しては口を酸っぱくして言われてきたからかなぁ」


 けっこう厳しく教育を受けた記憶がある。もうすっかり自然とできるようになったから何とも思わないけど、慣れるまでは大変だった記憶がある。


 肉が焼け、皆料理を食べ始めた辺りで、僕から質問を投げかけた。


「ねえ、母さん、いつからぼ……わたしが魔法少女になってたって気付いたの?」

「実は、今日なのよ……。前からブルーミングリリィの身元調査はしてたんだけど、中々決定的な証拠がつかめなくてねぇ。

 前にスーパーに出現したゴリラ型の魔獣。あれを倒した後、スーパーの裏口のところで変身を解いたでしょう? あれバッチリ防犯カメラに映ってたわ」

「う、あの時か……」


 一応、今まで防犯カメラには注意していた。例えばコンビニの前とかは映るのをしっていたから、コンビニが近い場所で変身したり解いたりしないようにしていたし。

 けどスーパーの裏口にも防犯カメラがあったなんて……。


 僕が項垂れていると、茜ちゃんがケラケラと笑った。


「意外と未咲、おっちょこちょいなんだね!」

「確かに……"わたし"って一人称にしてるみたいだけど、ちょくちょく"僕"って言ってるし」

「ううぅ……」


 それを言われると返す言葉がないです本当にもう。


 そんな様子を見てクスクス笑う母さんに、もう一つの件も訊ねる。


「あと、魔獣対策課だっけ? どうして言ってくれなかったのさ」


 前に母さんに職業のことを訊いた時、母さんは「ある会社の事務をやっている」と言っていたし、日常でも魔獣の魔の字も言ったことがなかった。


「その件についてはごめんなさいねぇ。縁があって勤めることになったんだけど、色々と守秘義務があってね。息……め言えども一般人。秘密にしてないと行けなかったの」

「そっか……なら良いや」


 母さんは大人だ。感情とかよりも義務を取らないといけないこともある。それに魔獣は、世界中の人に関することでもある。仕方のないことなのだろう。

 それがわかったから、僕はそれ以上は問い詰めないことにした。


 その空気を感じ取ったのか、今度は茜ちゃんが質問して来た。


「未咲って、お兄さんとかいる?」

「え゛?」

「うちらの先輩に百合園蕾って人がいるんだけど……」


 やばいなぁ……言い逃れはできそうにない。

 (ぼく)未咲(わたし)も母さんに瓜二つだし、苗字は百合園だし、無関係を貫くのは無理があるだろう。


「う、うん。いるよ。お、お兄ちゃんが」


 自分で自分のことを"お兄ちゃん"呼びすることに、物凄い抵抗感がある。ジャケットの下に隠された腕は、きっとびっしりと鳥肌が立っているだろう。

 しかしここまで来たからには、もう後には引けない。

 僕は、最後まで百合園未咲を貫き通す!


「やっぱり! 仕草とかそっくりだし!」

「でもその割に、全体的な雰囲気はにてないわよね。パーツパーツで見たらそっくりなのに」

「あはは……よく言われるよ。」


 ごめんなさい。本人だから魔力コートの効果で似てないように感じるだけなんです……実はめちゃくちゃ瓜二つなんです……。




「それにしても、今回の魔獣はやばかったね……」

「ええ。あのシュルクも、召喚した後はずっと結界に閉じこもってたしね」

「それくらい魔力を使うのか……。なんか、あの魔人が直接戦ったほうが早いんじゃない?」


 うーん、こちらに来る時とか、滞在している間とか、魔獣を召喚した時に実際にどれくらいの魔力を消費しているのか分からないから、なんとも言えない。


「今日戦った魔獣より強い……できればそのまま本人には大人しくしていてほしいわ」


 僕も母さんの意見に賛成だった。

 しばらくは魔力回復でやって来ないだろうけど、次の戦闘のことを考えると頭が重い。


 少し場にシリアスな空気が流れそうになる。

 しかし次の瞬間、母さんがメニューを引っ張りだした。


「さあ三人とも! せっかく経費で落とせるんだから、好きなデザート頼んじゃいなさい!」

「「お〜!」」


 ちゃっかり自分の分も選ぶ母さん。

 ……まあ、僕も普段は食べられない飲食店のデザートに心踊るのは確かで。

 苦笑いしながらも、真剣な目でイチゴパフェとチョコレートパフェを行ったり来たりさせていた。







 夜、一人自宅のマンションの前で降ろされた僕は、玄関まで入って来てようやく変身を解いた。

 母さんは茜ちゃんと蒼衣ちゃんを家まで届けて来るらしい。

 僕だけ先に帰ってきたのは、お風呂の用意をするためだ。


 ワイシャツとスラックスを脱ぎ、ティーシャツとパンツ姿になった僕は浴室に入った。

 浴室にかけられた、大き目の鏡が司会に入る。そこに映る自分を見て、ふと違和感を覚えた。


「あ、あれ……?」


 ペタペタと顔に触れ、頭をひねった。

 一瞬、鏡に映ったのが蕾ではなく、ブルーミングリリィに見えたのだ。

 だけどよくよく観察してみれば、パーツパーツは特に変化がないためか、その違和感も感じなくなった。


 ……今日は長時間変身したままだったから、そんなふうに見えたのかも知れない。


「……今日は先にお風呂いただいて、早く寝ようかな」


 僕はそうつぶやくと、スポンジと洗剤を手に浴槽を洗い始めたのであった。

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