959話 高揚と哀愁
「ウッ……グッ……クゥッ……!!」
ごいん。と。
テミスの放った斬撃を自らの太刀で受け止めた瞬間、リュウコはその圧倒的な斬撃の重さに、己の敗北を確信した。
こんな代物、受け切るなんて事はどうやったとしても不可能。
ならば、取るべき道は二つ。弾くか、受け流すかしかないのだが。
「ゥ……ガァァァァァァァアァァアァァァァッッッ!!!」
全霊を込めた咆哮と共に太刀に力を込めて尚、太刀と一体となったこの身体を支える脚に渾身の力を込めて尚、リュウコの太刀は、身体はミシミシと軋みをあげながら斬撃に押し流されていく。
「――っ!!!」
しかし、これ程圧倒的な力の差を見せ付けられて尚、リュウコの瞳はギラギラとした輝きを増す一方だった。
血潮が沸き立つ。目の前には、今の私が全身全霊を懸けても越えられない強大な敵。
これに昂らない武士が居るだろうか。否、居ない。
リュウコは狂ったように跳ね上がる心臓の鼓動を感じながら、体制を僅かに沈み込ませた。
この一撃で私は負けるだろう。なにせ、こんな威力の斬撃に応じる技も、力も今の私は持ち合わせちゃぁいない。
だが……。
「何もせずにただ負けるってなァ……性に合わないねェッ……!!!」
皮肉気に唇を歪めたリュウコは、ギシギシと軋む音を響かせながら自らの限界すら超えた全力をその腕に込めると、テミスの斬撃を受け止めた太刀に全ての力を注ぎ込んだ。
その結果、限界を超えた負荷に耐えかねた身体の至る所が弾け、吹き出た鮮血がリュウコの身体を紅に染めた。
「ォ……オオオオォォオオオォオオォォォォォォォッッッ!!!」
魂をも込めた咆哮が響き渡り、斬撃の纏う光で白く染まったリュウコ視界がじわりじわりと霞んでいく。
ミシミシと音を立てる太刀が悲鳴を上げ、酷使した身体は熱を帯びて鋭い痛みを発している。
それでも……まだッ!!!
ともすれば、凌ぎ切れるか……? ギラギラと獰猛な輝きを放つリュウコの闘争心が、一縷の可能性を見出しかけた時だった。
「ッ――!!?」
バキリ。と。
リュウコの手元から嫌な音が響き渡る。
その音に、リュウコが半ば反射的に音の出所へと視線を向けると、テミスの斬撃を受け止めた太刀。その刀身の根本辺りに一筋の大きなヒビが走った所だった。
「く――」
直後。
言葉すら紡ぐ暇すら無く、抗い得ぬ程の凄まじい衝撃と鋭い痛みがリュウコの身体を駆け抜け、斬撃の威力で吹き飛ばされた身体が、何処ぞへと激しく叩きつけられる。
「ァッ……カ……ァ……」
テミスの斬撃によって傍らの建物の壁へと叩きつけられた衝撃で、リュウコは苦し気な音と共に胸の中の空気を全て吐き出した。
しかし、既にリュウコの意識は無く、その身体は根元から折れた太刀の残骸を握り締めたまま、ガラガラと崩れる建物の瓦礫の中に埋まっていた。
「……逸らしたか」
その眼前で、大剣を振り下ろした格好のテミスは、ガレキの中に埋もれたリュウコへと静かな視線を向けて呟きを漏らす。
無限に沸き立つ怒りの中、多少なりとも気高さを感じる相手であったとはいえ、今放った一撃は、一切の手加減など無い月光斬だった。
故に必殺。
如何に心意気に優れ、その膂力に目を見張るものがあったとはいえ、彼女に月光斬を防ぐほどの力量は無かったはずなのに。
ほんの一瞬。
月光斬と打ち合ったリュウコはその威力を僅かに上へと逸らし、直撃を避けてみせたのだ。
「見事……と言うべきか? それとも……」
テミスは言葉と共にクスリと昏い笑みを浮かべると、振り下ろしたままの大剣を肩に担ぎ直し、気を失ったリュウコへゆっくりと歩み寄る。
正直、リュウコと名乗ったこの女の在り方は嫌いではなかった。
怒りの飲まれた仲間を庇い、真正面から正々堂々と戦いを挑むその気概には感心すら覚える。
だが、この場で敵として剣を振るっている以上、彼女は過激派に属する者……つまりは私の敵だ。
ならば話は別。
なまじ腕が立つ事が解った以上、ここで始末しておくに越したことは無いだろう。
そう判断したテミスは、意識を失ったままガレキに埋もれるリュウコの傍らへ辿り着くと、肩に担いだ大剣を高々と振り上げる。
「……お前のような奴とは、戦場以外で会いたかったよ」
そして、テミスは哀しみを帯びた笑みを浮かべると、高々と大剣を振り上げたまま、リュウコへ向けて手向けの言葉を呟いた。
もしも、酒場か何処かで出会う事ができたのなら、もっと違う未来があったかもしれない。
一瞬の沈黙の後。そんな未練に似た思いを断ち切るかのように、テミスは気絶したリュウコへ止めを刺すべく、高々と掲げた大剣を振り下ろしたのだった。




