950話 苦渋の審判
薄汚れた街路には、名状し難いほどの緊張感が張り詰めていた。
その中心で向かい合うのは、融和派を率いるムネヨシと過激派への反抗部隊を率いるオヴィム。
両名どちらの顔も厳しさに引き締まり、互いに事の深刻さを表している。
そんな中、まるで固体化したかの如く圧し掛かる重たい空気を切り裂いて、オヴィムは静かな調子で口を開いた。
「我等を救いに来た……との事でしたが、そもそも何故このような手段に? 噂に聞く両派閥が擁する戦力差を鑑みるのならば、別の手段を講ずる事もできたはず」
「不可能だった。詳しくは機密により明かせないが、この一見しただけでは無謀にも思える作戦を除いては、最早貴君らを救いうる手段は無かった」
「最良手であった……と。しかしそれでも尚、貴君らの部隊は壊滅状態であるとお見受けするが?」
「然り。しかしまだ敗北した訳では無い。貴君らの手を借りれば、任務の達成は十分に可能だ」
「その……根拠は?」
「………………」
不意に、次々と繰り出されるオヴィムの問いに淡々と答えを返していたムネヨシは、一度開きかけた口を閉ざして言葉を止める。
根拠ならばある。
何故ならこの包囲の外側には、あのテミスが居るのだ。
彼女の目的は我等融和派がこの国の舵を握り、彼女の祖国をも巻き込みかねない無益な争いを避ける事。
なればこそ、彼女がわざわざ自らこの極北の地に赴いてまで得ようとした成果は、いくら彼女が優秀であろうとも、不干渉主義を貫いて過激派に屈したセンゴクでは得られる事は無い。
故に、彼女がセンゴクの裏切りに気付くか、突入部隊の壊滅を察すれば、自ずと事態は動き出す筈だ。
しかし、テミスの存在はあくまでも非公式なもの。本来であればその待遇は国賓級であるべきだし、ファント側の意図で伏されている点も鑑みるならば、その存在は口が裂けても語れぬ最高機密に値する。
「…………ッ!!! 機密に付き、ご容赦願いたいッ……!!」
「フゥム……」
優に数分もの間、苦悩の表情を浮かべて熟考した後。ムネヨシ絞り出すような声で答えを返した。
今ここで彼女の存在を語れば、冒険者たちの協力を取り付ける事はできるだろう。
だが、その後はどうだろうか? 如何なる窮状にあろうとも、簡単に機密を売り渡す者と肩を並べようと思うだろうか? ……断じて無い。
考えてみればテミスは、これまで我々を導き促すような事こそすれど、自らが直接動き、手を出してくることは無かった。
これはつまり、ギルファーの問題はギルファーで片を付けよという言葉無き忠告に他ならないだろう。
ならば、ここで彼女の名を出し縋る事こそ不義理であり、ここは何としても融和派独力で冒険者たちの助力を得なければならない場面だ。
「……手勢は僅かに二人。そこに指揮官である貴君を加えても三人だ。常識で考えれば、今更貴君らを加えたところで、この戦局を左右できるとは思えない」
「ッ……!!」
「だというのに、貴君は自身の語る救出作戦とやらが成功する具体的な根拠を明かせないと言う。そんな大言壮語が許されるとすれば……貴君ら自身が彼の鮮血の戦姫が如き強さを秘めている場合ぐらいではなかろうか?」
「ヌゥ……」
一方で、オヴィムも浮かべた厳しい表情の裏側で苦悩していた。
スラムを護る冒険者部隊以外の者達との戦闘が確認されたのは事実。ならば、その救出作戦とやらの存在は真実なのだろう。
それに、こんな無茶な作戦を立案するのは、世界広しといえど彼女くらいのものだろう。
だが、彼等がその救出部隊の者である証拠は何処にも無い。
ならばいっそ、テミスがこの町に逗留しているのが間違い無い今、その名を出してさえくれれば一か八かで賭ける事くらいならばできるというのに。
「…………」
「…………」
国の命運と仲間達の命を背負った男たちの視線がぶつかり合い、重苦しい沈黙が場を支配した。
ムネヨシが口を開かぬという事は、彼等はこれ以上の交渉材料を持ち得ない事を意味している。ならば、後はいくら言葉を交わした所で無意味だろう。
いくら上辺の言葉を重ねたところで、眼前の状況と彼等の情報以外に、彼等が言葉通り救援部隊の残党であるのか、それとも周囲を囲む敵勢力が寄越した伏兵なのかを断ずる材料は無いのだから。
「っ……!! ッ~~~!!! 私が貴君らの前に姿を現した以上、私は仲間の命を預かる者として純然たる判断を下さねばならない」
「当然の事」
歯を食いしばり、努めて無表情を装いながら苦悩した後。オヴィムはゆっくりとした口調で口を開いた。
オヴィムの言葉に、ムネヨシはコクリと頷くと、ただ静かな瞳でオヴィムを見つめ続ける。
その瞳には、静謐な湖のような穏やかさを保ちながらも、燃えるように気高い光を湛えていて。
それを見た途端、オヴィムはぎしりと固く拳を握り締めた。
そして……。
「……すまない。君達を拘束する。抵抗しないでくれ。約束しよう。命までは取らないと」
オヴィムは固く握り締めた拳をゆっくりと腰へ向けて持ち上げながら、ムネヨシ達へ向けて酷く苦し気に言葉を紡いだのだった。




