937話 救う為の戦い
過激派の者達が動き始めてから数時間後。
テミスが身を寄せる融和派の拠点では、武装を整えた大勢の兵士たちが、厳しい面持ちで肩を並べていた。
その傍らでは、ひと際華美な装飾の施された武具を身に着けた頭目たちが、額を突き合わせて作戦の最終確認を行っている。
「フム……確かに、なかなかどうして壮観なものだ」
そんな様子を、テミスは屋敷の二階から見下ろしながら、ぽつりとひとりごちる。
先だって放たれた偵察隊の報告では、敵である過激派の連中は既にスラムを円状に包囲しており、掃討戦の構えを見せているらしい。
包囲内部の様子は掴めないものの、過激派の動きから推測するに各所で戦闘が頻発、彼等の立てた包囲殲滅作戦が、順調に進んでいるとは言い難いそうだ。
「あとは兎にも角にも速度……。刃の先に居るのが同族とはいえ非情に徹し、敵が態勢を立て直す前に迅速に事を終える……。お前達に、それができるのか?」
整列した兵士たちの群れの中にシズク達の姿を見付け、テミスは眉を顰めると届かぬ問いを口にする。
これから向かうのは紛いなりにも戦場だ。戦場においては、敵が何者であろうと完膚なきまでに屠る事が最優先。手加減をしたり、切り捨てた相手を慮るなど言語道断なのだ。
「まぁ……出来る事はやった。あとは伸るか反るか、見物といこう」
カチリ。と。
丁度、テミスが腰の刀の柄に手を添えて微笑んだ時。
屋敷の傍らで面を突き合わせて話し込んでいた頭目たちが兵士たちの群れの中に散り、その眼前に一人、ムネヨシが進み出る。
「……皆の者」
ただ一言。
魔法で拡声されたムネヨシの静かな声が響いた瞬間、それまでざわざわと騒がしかった兵士たちが一斉に口を噤み、館の前に静寂が訪れた。
「我等は細かな意思こそ違えど、融和という同じ夢の元に集った同士である。だが、それは彼等とて同じ……獣人という同じ種として生を受け、ギルファーという旗の元に集まった同志だ」
だが、ゆったりとした口調で始められた口上は、とてもこれから戦へと赴く兵士たちへとかけるべき言葉ではなく、それを感じ取ったのか、兵士たちの間にもさざ波のように動揺が広がっていく。
しかし、それでもムネヨシが口上を止める事は無く、表情の一つすら変えずに口上が続けられる。
「皆であれば、彼等の叫ぶ虐げられた悲哀も、嬲られた怒りも、喪失の痛みも理解できるであろう」
「っ……!!」
その内容はまるで、過激派の者達を擁護するような言葉ばかりが並べられており、はじめはさざ波のように微かだったざわめきも、次第にざわざわとその音量を増し、ほんの数秒と経たぬ間にざわめきへと姿を変えた。
「ムネヨシ……何を考えている……?」
その動揺は、屋敷の中で様子を眺めていたテミスにも伝わっており、窓辺へと近付いたテミスは思わず固く拳を握り締めていた。
これでは、電撃作戦を以て過激派の包囲に穴を開けるどころでは済まない、指揮の落ちた兵の脱走や、最悪の場合は暴動まであり得るぞッ……!!
朗々と語られ続けるムネヨシの口上に、テミスが燃え上がるような危機感を覚えた時だった。
「そんな悲劇が、惨劇が、絶望が、今……再び繰り広げられようとしている」
喧騒と化したざわめきすらも消し飛ばすように、ひと際大きく拡声されたムネヨシの声が響き渡る。
魔法によって拡声されているため、音量こそは大きいものの、決して怒鳴り付けた訳でも無く、激しさも無い静かな言葉。
だが、そのたった一言で喧噪と呼べるほどにまで膨れ上がっていたざわめきは一瞬で静寂を取り戻し、兵士たちは皆一様にムネヨシへと注目していた。
「痛みを、苦しみを知る君達だからこそ分かるはずだ。我等の愛したこの町で、あのような惨禍を繰り返させてはならないと。同胞の怒りを、憎しみを誰よりも間近で見て、感じた君達ならば分かるはずだ。惨禍を繰り返した先に待つ結末を」
「っ……!!!」
ゴクリ。と。
腹の底に響き渡るような重たい声で語られるムネヨシの口上に、気付けばその場の誰もが固唾を呑んで耳を傾けていた。
それは、高みの見物を決め込んでいたはずのテミスとて例外ではなく、明確に突き付けられた『結末』が、まるで来るべき未来のようにハッキリと思い描く事ができる。
「今こそ運命の分かれ目。救わねばならん……蹂躙されるを待つばかりの人々を。救わねばならん……憎しみに囚われた同胞たちを。救わねばならん……我々自身の……未来をッ!!」
「ォォォォォォオオオオオオオッッッ!!!」
瞬間。
大地を揺らす程の雄叫びが辺りを揺らし、テミスの眼下では兵士たちが目を爛々と輝かせながら、握り締めた拳を、手に取った武器を、迸る士気と共に空へと突き出していた。
「いざ、共に征こうぞッ! 出撃ッ!! 行動開始ィッ!!」
そんな、猛り狂う兵たちを導くように、ムネヨシも腰の刀を抜き放って叫びを上げる。
すると、それに呼応するように、限界まで士気を漲らせた兵達は一斉に、まるで統率の取れた猪のようにギルファーの町へと駆け出していったのだった。




