934話 拙き団結
「っ――!!」
「――そこまでだ。センゴク、どう足掻こうとお前の負けだ。テミス殿も……もう良いだろう?」
まさに一触即発。
返答に窮した頭目が怒りに任せ、再び拳を振り上げた瞬間だった。
二人の間に割って入るかのように、静かなムネヨシの声が圧を伴って飛び込んで来る。
その威力は、眼前の脅威を屠る為に身構えていたテミスが、反射的に半歩飛び退くほどで。
同時にそれは、ムネヨシにセンゴクと呼ばれた頭目の頭を冷やすのにも、十分過ぎる効力を発揮していた。
「その程度の策でテミス殿を弄しようとするから、手痛い反撃を食らうのだ。それに、センゴクよ。お前は前線を退いてどれ程経つ? そんなお前が殴りかかった所で、為す術無く斬り伏せられるのが関の山だ」
「ッ……!! だがッ!!!」
「くどい! お前達にも話して聞かせたはずだ! 今、ファントに攻め込まれたならばどうするかッ! それ程の事を、我々ギルファーは彼の地へ仕出かしたのだぞッ! ……テミス殿、此度のセンゴクの非礼、私からも深くお詫びしたい」
「ククッ……。別に、私はコイツの案でも構わなかったのだがな?」
ムネヨシは他の頭目たちを一喝してから席を立つと、テミスへ向けて深々と頭を下げた。
しかし、他の頭目たちはただおどおどと視線を交わすだけで、センゴクに至っては当事者であるにも関わらず、小さく鼻を鳴らしてそっぽを向いている。
だからこそテミスは、クスリとムネヨシへ皮肉気な笑みを浮かべてみせると、センゴクを顎で指して言葉を返した。
「ご冗談を。センゴクとて誇り高きギルファーの一員。己が命運を他者へ預ける腹案を出そう筈もありません。ほんの一時の気の迷い……このような火急の事態に弱気の虫が急いただけでしょう」
「ぅっ……」
「フン……」
だが、ムネヨシは静かな笑みを浮かべたままテミスの言葉を受け流すと、その視線をテミスからセンゴクへと移し、ジロリと睨み付けて呻かせている。
一方で、元よりギルファーの生き残り達の無実を証明する……などという面倒事を背負い込む気も無いテミスは、ムネヨシの視線を受けてたじろぐセンゴクをチラリと眺めると、ひとまずは溜飲を下げる事にしてゆっくりと口を開いた。
「ならば……どうする気だ? 何やら考え込んでいたようだが、妙案でも浮かんだか?」
「ウム……。敵は強大。かといって、我等はこのまま過激派連中の暴挙を黙って見過ごす訳にもいかん。なればこそ、取るべき手段はただ一つ」
「っ……! ホゥ……?」
「死中に活。一点突破だ」
ピシリ。と。
ムネヨシは節くれだった指を一本立てると、胸を張ってただ一言宣言する。
それには、テミスも僅かに感嘆の息を漏らし、興味深げにムネヨシへと視線を注ぎながら、次の言葉を待っていた。
確かに現状、融和派の者達が取り得る手段の中で最も有効な手段は一点突破しかないだろう。
だがテミスとしては、いかにムネヨシといえど、現状の彼等では導き得ぬ答えだろうと予測していたのだ。
「ま、待ってくれ!! 流石に戦力差があり過ぎるッ! 我々如きが連中の前に躍り出たところで、時間稼ぎの囮にもならんぞッ!!」
「あぁ、そうだろうな。ただし、それはあくまでも、両軍が正面からまともにぶつかった場合は……だろう?」
「応うとも! お前がたった今、そう言ったのではないか! 一点突破だ……と!」
「フ……そういきり立つな。戦場はただっ広い平原ではなく、我等が誇る堅牢な石造りの町の中。更に、奴等が殲滅せんと企むスラムは兎に角広い」
「っ……!!! そ、そうかッ……!! 全体では勝ち目がなくとも、局所戦であればあるいはッ……!!」
ムネヨシが反対意見を述べる頭目たちに、ゆったりとした口調で言葉を紡ぐと、詳しく噛み砕いたムネヨシの説明に導かれて、彼等の表情が閃いたかのように輝き始める。
それはまさに彼等にとって、テミスの手によって叩き落とされた絶望の中に差した一筋の光明なのだろう。
たとえ厳しい戦いになると理解していても、八方塞がりの暗闇の中、他でもない同胞たるムネヨシが見出した希望なのだから。
「ウム。我等に残された時間は少ない。だが慎重を期す必要はある。直ちに斥候を放ち情報を収集し、最も手薄な地点を急襲するべきだ」
「わかった。そういう事ならば、斥候には私の配下を向かわせよう」
「いやッ! お主の旗下は偵察は不得手だろう? ここは私の部下が……」
畳みかけるようにムネヨシがそう口火を切ると場の流れは一転、頭目たちは口々に戦略を語りはじめ、嫌な空気の流れていた会議室の中が一気に活気付いた。
その傍らで、今まで頭目たちの中心となって声をあげていたセンゴクは、活発に議論を交わす彼等を、悔し気な瞳で眺めるだけで。
「おぉい。センゴクそんな所で突っ立って何をしている。早くこっちに来てお前の意見も聞かせてくれ」
「っ……!! あ……あぁ……ッ!!」
「…………」
そんなセンゴクに、議論の輪の中から彼を呼ぶ声がかかると、ピクリと顔を上げたセンゴクは、僅かの逡巡を見せた後、固く拳を握り締めて議論の中へと入っていった。
テミスは静かな瞳で彼等を眺めた後、フワリと身を翻して会議室を後にしたのだった。




