931話 指揮官と兵士
現時点で、これ以上テミスの助力を得るのは不可能。
時間こそ非常にかかったものの、融和派の頭目たちはどうにかその事実を呑み込むと、今度はムネヨシを主導に据えて会議を再開した。
これには勿論、全ての責任をムネヨシに背負わせる魂胆もあるのだろうが、何より彼自身がその役を買って出たという理由もある。
「ひとまず、現状を詳しく整理すべきだ」
そう口火を切ったムネヨシたちが言葉を交わす傍らで、テミスは不敵な笑みを浮かべてその様子を眺めていた。
そんなテミスの隣では、ムネヨシから正式に同席を許されたシズクたちが、緊張した面持ちで議論に耳を傾けている。
「ウム……掃討作戦と言うが、具体的な動きや計画は判明しているのか?」
「いいや。だが、連中の擁する兵士たちに大きな動きがあるのも事実。あくまでも噂話だが、連中の頭目共は皆、揃って怒り心頭らしい」
「まさか連中……火でも放つつもりでは無いだろうな?」
「馬鹿な……!! そんな事をすれば町自体が使い物にならなくなるッ! 廃墟が増えるだけだぞ!」
随分と、悠長な事を言っている。
シズク達と共に議論に耳を傾けながら、テミスは現状を把握すると共に、胸の中でため息を吐いた。確かに、先程までの怒鳴り合いよりは遥かにマシであるのは間違いない。
だが、敵は既に動きを見せているのだ、ならば敵方に追い付くためには、こちらはより迅速に準備を完了させる必要がある。
つまり、今やるべき事は即座に兵をかき集めて即応待機状態を作り上げる事。
敵方の計画を挫くには手遅れである事を受け入れて、事前の準備や情報の収集などは一度切り捨て、敵が如何なる作戦を以て動こうと、即座に対応できるようにすべきだろう。
「こりゃぁ……ダメかもな……」
「えっ……?」
ボソリ。と。
テミスは、粛々と議論を交わしながら話を進めていく頭目たちから視線を外すと、小さく呟きを漏らす。
それに反応したのは、傍らのシズクだけではなく、カガリを含めた彼女の部隊の面々が、不安気な表情でテミスへと視線を向けていた。
「それは……どういう……」
「解説してなどやらんぞ? お前達も、少しは頭を働かせて考えてみろ」
「ぐっ……」
しかし、テミスは彼女たちの縋るような視線を断ち切るように冷たく言い放つと、再び視線を議論の場へと向け、緩んだ瞳で宙を眺めはじめる。
こうなってしまった以上、何かしらの争いが起こるのは間違い無いだろう。
だが、融和派側には私が、スラム側にはオヴィムが居る。過激派連中がどちらに攻め入ろうと、合流するのは容易いはずだ。
いわば今は保険付きの状態。ならばこの機会に、天高く伸びきって邪魔極まりない獣人族の誇りとやらをへし折ってやるべきなのだ。
「クク……だが、存外に良いものだな。こうして外から議論を眺めるというのは。とても気が楽だ。楽しむ余裕さえあるほどにな」
「気が楽って……他人の国だからって随分な言い様ですね?」
「事実だしな。指揮官の背負う重責というものは、こうして解き放たれたからこそわかるらしい」
「っ……!」
「何だ? シズク。その心底驚いたような顔は……」
「い……いえ……。こう言っては失礼ですが、テミスさんはいつだって覇気と自信に満ちていたので……」
「フッ……」
感慨深げに語るテミスに、シズクたちは各々が胸に抱いた感想を零していく。
それは最早、目の前で繰り広げられている議論とは無縁の雑談になりかけていたが、テミスが彼女たちを諫める事は無く、むしろクスリと笑顔を浮かべて言葉を続ける。
「そう見えていたのならば僥倖さ。覇気も自信もない指揮官には、本当の意味で着いて来る兵など居らんよ」
「ですが……」
「納得できんのならば、想像してみろ。ともすれば、自分の下したたった一つの判断で国の命運が左右され、多くの兵の命が失われるんだ。重圧を感じない訳が無いだろう」
「っ……!!」
事も無げにそう語られたテミスの言葉に、シズクたちは目を見開いて息を呑んだ。
自分が信じ、命を預けているからこそ、言われて初めて理解できた。
自分達が忠誠を捧げ、命すらも賭けて仕えんとする一方で、自分達の指揮官は捧げられた忠誠に応えるべく、必死で自分達を生かそうとしていたのだ……と。
「…………。ま、あくまでもそれは理想論だ。地位と権力に溺れ、重圧を感じるどころか、部下は己の為に死んで当たり前……等と考えるような愚か者も居る」
「……。あぁ~……」
「プッ……クククッ……」
最後にそうテミスが言葉を添えると、今度はすぐに思い至ったのか、シズク達は何処か納得したかのように声をあげる。
だが、彼女たちの目の前には今、まさに彼女たち自身の指揮官が居るというのに。
そんなシズク達の反応にテミスが堪え損ねた笑いを漏らした時だった。
「か、会議中の所失礼致しますッ!! き、き、緊急のご報告がッッ!!」
バァンッ!! と。
けたたましい音と共に会議室の扉が開かれると、叫ぶように告げられた報告と共に、一人の兵士が飛び込んできたのだった。




