914話 憂さ晴らしの閃撃
石畳の上に降り積もった雪を蹴り上げ、テミスは音も無く疾駆する。
凍り付いた足場のせいで普段通りの速力には程遠いが、それでもその小柄な体躯は凍て付く空気を切り裂いて進み、口から漏れる吐息は、まるで内に滾らせた熱を迸らせているかの如く白く煙った。
「……向かって来るのであれば、容赦はせんぞ」
「うるせぇんだよ!! ゴチャゴチャと!!」
「テメェも死んでけ!!」
その間にも、刀を抜き放った男たちは高らかな喚き声をあげ、ただ一人立ちはだかる邪魔者を切り捨てるべく大きく振りかぶる。
同時に、彼等の背後から駆け寄るテミスの視界の端で、大柄な人影がまるで剣を構えるかのように僅かに体勢を沈めた。
「――っ!!」
その構えからして恐らく、大柄な人影の扱う武器は太刀なのだろう。
だが、如何に鋭さと破壊力を兼ね備えた武器である太刀といえど、余程の剛力と技を持つものでなければ、ヒトをまとめて四人切り裂く事など不可能だ。
十中八九その刃は途中で止まり、残った襲撃者の刃を彼の者はその身体で受け止める事になる。
だが……。
「助太刀するッ!! 二人は任せろッ!!」
「ムッ――!?」
「がぁッ……!!?」
「なっ……!!!」
「あァッ!?」
テミスは襲撃者たちの背後から鋭く叫ぶと同時に腰の剣を抜き放ち、そのまま背後から小奇麗な外套に身を包んだ襲撃者の一人の背を切り裂いた。
突如として現れた乱入者に襲撃者たちは即応できず、背を切り裂かれた襲撃者から吹き上がった血飛沫が、降り積もる純白の雪を赤く染める。
「んだ……テメェ!! 俺達が誰だかわかって――あ……あぁッ……!!」
そのまま、第二撃。
テミスはその場でヒラリと身を翻すと、振り下ろした剣で切り上げるようにして、自らが斬り倒した襲撃者の隣に居た男へ向けて斬撃を放った。
そこには丁度、大柄な人影へと向けて今にも振り下ろさんと刀を構えていた襲撃者の腕があり。
鋭く放たれたテミスの斬撃は、襲撃者の男の腕を易々と切り飛ばした。
高々と掲げられていた男の腕は、肉体から切り離された瞬間から周囲に血飛沫をまき散らしながら落ちていき、腕の持ち主であった男はただ茫然とその光景を瞳に映していた。
「フン……下らん……。憂さ晴らしにもならんな……」
「ぁ……」
ヒャウン。と。
テミスは吐き捨てるように呟くと、まるで眼前の光景を受け入れられぬかのように凍り付く男の首を一瞬で切り落とす。
まさか、たったの一撃でケリがついてしまうとは……。背後から襲い掛かったとはいえ、幾らなんでも歯ごたえが無さ過ぎる。
きょうび、ファントで悪さを働く小悪党ですら、コトの最中は見張りを付けるか、己の背後にも気を張り巡らせているというのに。
「ゥ……ァ……」
「…………」
まるで、自分達が襲われる事を想定していなかったかのような慢心っぷりだ。
テミスは内心で襲撃者たちを評していると、すぐ隣から苦し気なうめき声と共に、ドサリドサリと地面に倒れ伏す音が二つ聞こえてくる。
どうやら、人間の子供を守っていたらしい大柄な人影はかなりの腕前らしく、テミスが視線を向けた頃には、既にカチリという音と共に自らの得物を外套の下へと納めていた。
「ホゥ……?」
その凄まじい剣速に、テミスは感嘆の息を漏らす。
テミスが放った斬撃は三回。とはいえ、不意打ちで放った一撃目から、止めに首を飛ばすまで、数秒と間は無かったはずだ。
つまるところ、武器を抜き放ち、二人の敵を斬り、収めるという一連の動作を、その僅かな時間の間に終えてみせたのだ。
一方で、テミスは未だ血の滴る漆黒の剣をその手に携えている。
「クス……」
大した使い手が居たものだ。と。
テミスは眼前で佇む人影にクスリと笑みを漏らすと、ヒャウンと剣で宙を薙ぎ、付着した血液を弾き飛ばした。
「……!! その剣……いや……」
瞬間。
ボソリ。と。
突如現れたテミスの事すらも警戒していたのか、その様子をじっと眺めていた大柄な人影が言葉を零す。
「ン……? 何か言ったか?」
「っ……!!!」
だがその言葉は、テミスが宙を斬り払った剣を収める音に阻まれて届く事は無く、テミスは首を傾げて問いかける。
すると、大柄な人影はその身に纏った分厚い外套越しでも解るほどに驚きに肩を震わせた。その驚き様は、つい先ほど足元に転がっている死体を二つ作り出した者とは思えない程で。
「……すまないな。どうやら、助太刀など不要だったようだ」
そんな、奇妙な空気を感じたテミスは、簡潔に一言だけ言い残すと、面倒事を避けて早急にこの場から立ち去るべくるべく、身を翻したのだった。




