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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第17章

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913話 復讐と報復

 数十分後。

 ムネヨシとの話を終えたテミスは、再びその身を外套で包み、当てどなくギルファーの町を歩いていた。

 一歩足を踏み出す度に、サクリ。サクリ。と、降り積もった雪が柔らかな音を立て、ささくれだった心へと染みわたっていく。


「フゥ……」


 テミスが微かに溜息を漏らすと、それは即座に凍り付き、白い煙となって宙へと霧散する。

 別に、彼等との話し合いが決裂したという訳ではない。むしろ結果はその逆……ギルファーの現状を考えれば、上々だと言えるだろう。

 ムネヨシとの話し合いを経てテミスは、彼が迎え入れた個人的な協力者という立ち位置に収まった。

 要するに用心棒や傭兵なんかと似た扱いなのだろうが、ムネヨシは冷遇されているとて融和派の当目に名を連ねる者。その協力者となれば、幾ら人間であろうと、そう簡単に茶々を入れる事はできないだろう。

 テミスとしても、現状を鑑みればこれ以上は望むべくもない。

 だが、その心中は結果に反して暗雲が立ち込めたかのように暗く、陰鬱な気分で満ち満ちていた。


「ハッ……やれやれ……。存外私も、温くなったものだな……」


 そう呟いてつま先で雪を蹴り上げながら、テミスは足を止める事無く歩き続ける。

 何のことは無い。今の私を捕らえているのはかつての残滓。この心の片隅に残る、過去の願望の欠片だ。

 しかし、そう理解していても尚。

 胸の中に渦巻く言いようのない感情が晴れる事は無く、遂には耐えかねて逃げるように町へと繰り出したのだ。


「私は阿呆か……これではあの大馬鹿の思惑通りではないか」


 私は、正義の味方(ヒーロー)などではない。

 確かに、正義を為さんという心に偽りは無いが、誰かを救いたいなどという幼稚な願望はとうの昔に砕け散った。

 今の私を突き動かしているのはただ、悪逆非道の輩を呪う憎悪だけだ。

 だからこそ、この胸の内に突き刺さった願望の欠片が、こうまでもじくじくと疼くのだろう。


「フフ……クハハ……。やれやれ、フリーディアの奴も厄介な呪いを押し付けてくれたものだ……」


 路地を曲がり、暗い方へ……まるで、破滅でも求めているかのように、テミスは人気の少ない方へ、少ない方へと足を向ける。

 そう。これは呪いだ。

 名誉も誇りも尊厳も……その命すら失って初めて気が付いた哀れな男の忘れ形見。そして、かつて異なる世界、異なる時代を生きたその男と同じ願いを持つ大馬鹿(フリーディア)の施した一つの呪い。

 私を『俺』(破滅)へと導かんとする呪いの魔手なのだ。


「フン……構わんさ。痛かろうが苦しかろうがやる事は変わらん」


 周囲の建物が次第に荒れ、道行く人々の様子も変わった頃。

 テミスは鼻を鳴らしてボソリと呟いた。

 元来、憎しみとはそういうモノだ。振るえば他者だけでなく己をも傷付ける諸刃の剣。だが、堪えられぬのであれば仕方がない。

 他者を蹴落として幸せを奪った悪人が、暴虐の笑みを浮かべたその顔で、満ち足りた笑顔を浮かべるなど反吐が出る。

 故に、復讐と報復は違うのだ。

 奪われた幸せを奪い返すのならば……与えられた苦しみを返すのならば構わない。

 しかし、奪われた幸せを別の幸せで埋めるために……苦しみ嘆いた心を慰めるために力を振るえば、また新たな嘆きが生まれるだけだ。


「ン……?」


 ならば私は、それを斬り捨てるのみ。

 テミスがそう、己の信念を思い返した時だった。

 眼前に続く荒れた道の片隅で、何やら妙な一団が怒鳴り合っているのが目に留まる。

 よくよく見てみればその一団は奇妙なもので、薄汚れた外套に身を包んだ一人の大きな人影が、まるで何かを庇うかのように、やけに小奇麗な外套を着た四人の人影に抗っているように見える。


「…………。やれやれ、だな」


 周囲に視線を走らせれば、彼等の他にほとんど人影は無い。

 これならば、憂さ晴らしも兼ねて少々暴れたとしても、大した問題にはならないだろう。

 そう判断したテミスは、目深に被った外套の影でニンマリと唇を吊り上げると、腰に提げた剣の鯉口を切って、言い争いを続ける一団へ向けて足早に歩き始めた。


「わっかんねぇ奴だなァ? ここは俺たち獣人の町だ。本当なら、お前らみてぇな汚らわしい連中が居て良い場所じゃねぇんだ」

「この辺りのゴミ溜めだって、わざわざ掃除するのも手間だってんで見逃してるだけなんだよ」

「だから……こうして奉仕の心に溢れる善良な俺達が、たまに掃除してやってる訳だ」

「それに、後ろのちっこいの。人間だろ? しかもガキだ。許すワケねぇよなァ?」


 集団に近付くにつれ、次第に怒声の内容が鮮明に聞き取れるようになり、テミスは僅かばかりにも状況が理解した。

 つまるところあの大柄な人影は、人間の子供をやたらと小奇麗な暴漢連中から護ろうとしている訳だ。

 ならば、どちらが『敵』であるかなど考えるまでも無く。

 既に早足の域まで達していたテミスは、剣の柄に手をかけたまま速度を上げて走り始める。


「止さぬか。このまま去るというのならば手出しはせん」

「ハハッ……馬鹿かコイツ? 解ってねぇなァ……お前達に許されてるのは、今すぐ膝まづいて命乞いをして奴隷になるか、ここで殺されるかを選ぶ事だけなんだよ!!」

「もう良い。俺達の慈悲が理解できないらしい」

「あぁ……つまり、殺してくださいって事ね」


 その眼前では、遂に大男を囲む四人の人影が、各々が持つ刀を男へ見せ付けるかのようにゆっくりと抜き放っていたのだった。

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