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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第17章

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903話 第三の道

「テミスさん……ですよね?」

「っ……!?」


 抑えた声で囁かれたその言葉に、テミスは思わずピクリと肩を跳ねさせて動きを止めた。

 その声は雰囲気からして若い男のもので、語り掛けてきている者がシズクでないのは一目瞭然だった。

 ならば、この男がソウスケに靡いていた獣人たちの仲間であるのは明らかだ。

 だが……。


「シッ……声を出さないで……。まずはこれを」

「……?」


 直後。パサリと響いた僅かな音と共に、剣に手をかけたまま警戒を解かないテミスを不思議な感覚が包み込んだ。

 そして、それが厚手の外套であることに気が付くと同時に、暖かな湯気をあげるコップが一つ、テミスの前へと差し出された。


「これ……は……?」

「お代はシズクさんからもう戴いています。……僕は良いですって言ったんですけどね。押し切られちゃいました」

「…………」


 驚きから立ち直ったテミスが視線を上げると、そこに居たのは一人の見知らぬ獣人族の少年だった。少年はテミスが顔を上げたのに気が付くと、はにかむように笑いながら、ヒソヒソと囁くように言葉を紡ぐ。


「あ、シズクさんから頼まれた訳じゃないですからね? 僕の方から彼女に申し出たんです。ソウスケのヤツにバレないようにこっそりと。っと……身体が冷え切っている筈ですから、スープはゆっくり飲んでくださいね?」

「あ……あぁ……」


 少年の言葉に誘われるように、テミスが差し出されたコップに手を伸ばすと、少年は即座に話題を切り替えて忠告を促した。

 そのあまりの勢いに気圧されたテミスは、何か言葉を返す訳でも無く、ただ曖昧に頷いてからコップへと視線を落とす。


「俺。ジュンペイって言います。以前ファントの町まで行商に行ったことがありまして、遠目からでしたがその際にテミスさんをお見掛けしたんです。いやぁ……愛想笑いこそ浮かべていましたが、内心震えあがっていましたよ。奴等、自分がいま誰を相手に喧嘩を売っているのかまるでわかっちゃいないんだもの」

「そ……うか……」

「ソイツはウチの品なんで安心して飲んで戴いて大丈夫ですよ。それで、僕は連中が完全に寝入るのを待ってから、こうして参じたんです。なんとかギリギリ……間に合ったようで僥倖でした」


 ジュンペイと名乗った少年はテミスへスープを手渡すと、そのまま隣へと腰を下ろして喋り続けた。

 無論。その声は周囲に響かぬように十分に抑えられていたが、テミスは次から次へと飛び出してくる話題に付いていけず、辛うじて相槌だけを返して目を瞬かせていた。


「俺は獣人族である前に根っからの商人ですから……ああいった考えには縁遠くてですね。でも、気を付けてください。今のギルファーじゃああいうの(・・・・・)がウケるんです」

「……強硬派か」

「っと……ご存じでしたか。そういう事です。今のギルファーは強硬派が殆ど。奴等に睨まれたら商売もマトモにできやしません」

「だったら――」

「――死んじゃったら商売も何にも無いでしょう? それに、ここでテミスさんに恩を売っておけば美味しい思いができるかもしれない」


 テミスはスープに口を付けながら、短くジュンペイに言葉を返していると、身体がじんわりと熱を取り戻していくのを感じた。

 同時に身体の震えも止まり、霞みがかっていた意識も次第に晴れてくる。

 そうして問答を繰り返すうちに、テミスはこのジュンペイという柔らかな笑みを浮かべる若い商人が、ずば抜けて優秀であると気付き始めていた。

 風土に囚われる事の無い広い知見を持ちながらもその土地に適応して溶け込み、まるで閉ざされているかのように切れ長なその目は鋭い先見性と深い思慮を感じさせる。


「フフ……。何故、テミスさんがここに居るのかは問いません。ですが、俺も暫くの間ギルファーに逗留するとします。もしも何か入用なものがございましたら、コッソリとご用命ください。きっとお力になれるかと」

「フッ……なるほど……」


 柔らかに浮かべた笑顔と共にヒソヒソと口上を並べ立てるジュンペイに、テミスは静かに笑みを漏らして呟きを漏らした。

 つまるところ、ジュンペイの狙いは良いとこ取りなのだ。明らかに何か暗躍しているテミス達に表立っての助力こそしないが、密かに手を貸す事で強硬派が幅を利かせるギルファーで悠然と暮らしながらも、事が起こった時には勝ち馬に乗る事ができるという寸法なのだろう。


「……気に入った。特に、そういった魂胆を隠そうとしないふてぶてしさをな」

「はて……何のことでしょう?」

「クク……。兎も角、助かった。感謝する」


 呟くように返したテミスの言葉に、ジュンペイは柔らかな笑顔を浮かべたまま、白々しくも首を傾げてみせる。

 そんなジュンペイにテミスは低く喉を鳴らすと、小さく頭を下げて礼を述べた。

 少なくとも、この岩窟を血で染めなくて済んだのは、間違い無くジュンペイの功績だろう。


「いえいえ。とんでもない。俺はただ、死にたくなかっただけですよ」


 しかし、ジュンペイは礼を述べるテミスに首を振ると、ゆっくりと腰を上げて立ち上がり、テミスの前へとゆっくりと歩み出る。

 その後、ジュンペイを見上げる格好となったテミスへ、静かに腰をかがめてヒソヒソと言葉を続けた。


「今夜はこの辺りで。そろそろ交代の奴が起き出します。俺が日の出前の番を取ってあるので、連中が起きる前に出立するのが良いと思いますよ」

「……すまない。何から何まで……助かる」

「いえ……。時間になったらまた声をかけます。ゆっくり休んでください」


 そして、ジュンペイは最後に再びクスリと笑みを浮かべてそう言い残すと、まるで何事も無かったかのように、焚き火の方へと立ち去って行ったのだった。

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能力で炎とか出せなかったっけ?
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