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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第17章

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896話 血濡れた戦姫の密かな想い

 出立の準備を進めるテミスにフリーディア達が異論を呈し、それをテミスが酷く面倒くさそうにあしらう。

 そんな日々が数日続いた頃だった。

 密かに揃えていた装備を部隊へ納めて金へと戻したテミスは、既に出立に際する殆どの支度を済ませていた。

 元より、テミスは多くの業務を抱え込んでいたわけではなかったが、その業務もサキュドとマグヌスへと引継ぎ、あとはもうシズクの回復を待つだけとなっている。

 故に、面倒極まりないフリーディアの口撃を避けるために、テミスはシズクの居る病院へと足を向けていた。


「フフ……しかし流石はマグヌスだな。突然あれ程の金額を請求しても揺るがんとは」


 その道中でテミスは先日のマグヌスとのやり取りを思い返しながら、満足気な笑みを浮かべていた。

 テミスが私財をはたいて買い集めた装備は、町の運営という観点から見てもかなりの額であったはずだ。

 しかしマグヌス曰く、度重なる戦いの際に支払われた戦費賠償や、それに伴う町の発展がもたらす利潤により、一部隊分の上等な装備を買い集めたところで問題は無いらしい。


「尤も、何も知らん連中からしてみれば用途不明金扱いな訳だが……」


 テミスはクスリと昏い笑みを浮かべてそう呟くと、唐突に脳裏へかつての世界でのことが浮かんできた。

 こうして町を預かる立場に身を置いて理解できるとは、何とも皮肉なものでは無いだろうか。

 如何なる世界であろうと、ヒトは自らの目の届かないところで行われる事を『悪』として認識するらしい。

 それが例え、彼等自身を守る為に秘密裏に行われる必要のある事であったとしても、何も知らないその口で、後ろ暗い事が無ければ明かせるはずだと宣うのだ。


「果たして……外敵に蹂躙された後でも同じ事が言えるのかねぇ……」


 喉かに賑わう町の中を歩きながら、テミスは視界の端で自らを見咎め、何やら言葉を交わす騎士達を眺めて唇を歪める。

 兵達の間に十二分に不穏な噂が渦巻いている事を、テミスは既に把握していた。

 だがそれも仕方のない事。事実を何も知らない身であれば、敵の指揮官であった者が方々で何やらを買い込み、更には自身の指揮官がそれに緊迫した様子で対立しているのだ。

 邪推をするなという方が無理な話だろう。


「……明確な妨害をしてこないだけ、まだ賢いのかね?」


 だがその実、ギルファーでの異変に対応するためにテミスが出立する事が知れ渡れば、危機を被る羽目になるのは彼等自身なのだ。

 そして、人の口に戸が立てられぬ以上、一兵卒に過ぎない彼等に知らせてしまえば情報が洩れるのは確実。

 そんな彼等が、己の盲目的な正義を振りかざして向かって来ないのは、戦という大きな傷跡が未だ新しい為だろうか。


「ま……その辺りの事はフリーディアにでも任せるさ」


 脳裏に嫌な予感がちらついた瞬間、テミスはバッサリと思考を打ち切って朗らかに呟いた。

 そもそも私は、部隊こそ率いる身ではあれど、町の統治や運営といった事柄は全くの門外漢なのだ。

 物事は適材適所。決して道が交わる事のない私とフリーディアであれど、平穏を脅かす悪逆に抗い戦う者と平穏を護り人々を導き慈しむ者と分業をすれば、なんだかんだとやっていけるものだ。


「それを理解して尚、認めようとしないのはアイツらしいがな……」


 フワリ。と。

 呟き漏らすと同時に舞った一陣の風に長い髪を躍らせながら、テミスはクスリと涼やかな笑みを浮かべた。

 あれで居て、フリーディアは酷く強欲なのだ。

 自分や周囲の人々だけではなく、自分達を害する連中や反目しているはずの私までも幸せでないと気が済まないらしい。

 だからこそ、フリーディアは私をファントの町の主という地位に縛り付け、この緩やかで温かい箱庭の中へ収めたいのだろう。

 しかしそれでは意味がない。

 目を背けたくなるほどの悪辣を誅し、己が力で他者を虐げ簒奪する邪なる者を討つ。それこそが、私がこの世界へと産まれ落ちた理由なのだから。


「いっその事、追放でもしてくれれば……。いや……」


 凪いだ心がもたらした悪戯だろうか。

 心にもない皮肉が零れ出そうになった刹那、テミスはピタリと口を噤んで言葉を呑み込んだ。

 この町の温かさが、優しさが、私にとって大切なものであることに変わりは無い。

 私を救ってくれたこのファントという町が在るからこそ、そんな彼等だけではなく、私をも守ると宣うフリーディアが居るからこそここへ帰って来る事ができる……私はヒトで居られるのだ。


「フフ……なんてな……」


 胸の内でそんな事を想いながら、テミスは辿り着いた病院の戸を潜り抜けると、胸を満たす涼やかながらも温かい感覚を心の奥へと仕舞い込んで小さな微笑みを零したのだった。

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