893話 捻くれ者の憂い
「……なるほど」
途中でひと悶着はあったものの、テミスはシズクの話を聞き終えると、自らの顎に手を当ててため息を吐いた。
シズク曰く、ギルファーは現在、先王が退いた事に端を発する内戦の真っただ中で、獣人至上主義の強硬派と他種族との友好を主張する融和派に分かれているらしい。
そして、先だってファントを襲撃していた連中は強硬派の手の者で、シズクはそれに対する融和派に属しているという。
「ならば、それを全て承知の上で一つ言わせて貰おう」
言葉と共に、テミスは顎に当てていた手をゆっくりと持ち上げ、ピンと人差し指を立てると、ベッドの上のシズクへと突き付けた。
「お前は馬鹿なのか?」
「っ……!!」
「なっ……!?」
まるで、蔑むかの如く目を細めてシズクを睨み付け、テミスは冷たい口調で言葉を続けた。
その冷ややかな罵倒にシズクは目を見開いて歯を食いしばり、隣のフリーディアは息を呑んで絶句している。
だが、テミスはそのような事など歯牙にもかけず、シズクへ人差し指を突き付けたまま椅子から腰を上げ、言葉と共に詰め寄っていく。
「浅薄に過ぎる。お前は今、自分が何をしでかしたのか理解しているのか? お前は自らの国を私達へ売り渡したのだぞ」
「馬鹿なッ!! そんな事は――」
「――あるんだよ。仮にお前の語った事が全て真実だとして、お前は何のために私達へそれを明かした?」
「それはっ……!!」
「言わなくても良いさ。おおかた、お前達融和派への協力を求める気だったのだろう? 強硬派がギルファーの実権を握れば、奴等が我等へと牙を剥く……なんて触れ込みでな」
「ぐっ……っ……!!」
テミスはシズクに問いかけながらも彼女が言葉を発する事を許さず、口を開くたびに機先を制して語り続けた。
しかし、その言葉は全て正鵠を射ていたらしく、シズクはテミスの突き付けた人差し指が鼻先へ触れても、悔し気に歯を食いしばって掛布団を握り締めるだけだった。
事実。シズクの予測は正しいのだろう。既にコウガたち盗賊共が喧嘩を吹っかけてきているのだ。なればこそ、強硬派連中がギルファーを取った日には、どんな未来が待っているかなど想像に難くない。
「確かに理には適っている。力を貸すだけならば別に兵力を送り込まずとも、技術なり物資なりを供与するという方法もあるからな。だが……」
「くっ……!!」
「テミスっ……!?」
そこまで語るとテミスは不意に言葉を切り、再びシズクを冷ややかな目で見下ろした後、ゆらりとその身を屈め、シズクの鼻先に突き付けた腕でシズクの肩を抱くように身体を寄せる。
そんな、まるで襲い掛かっているかのような動きにシズクはビクリと身を固くし、背後のフリーディアは声をあげた。
しかし、テミスはただ抱き寄せたシズクの耳元へと唇を寄せただけで止め、その代わりにその口元に悪魔のような笑みを浮かべて囁くように言葉を続けた。
「……もっと良い方法があるとは思わないか? もっと単純で明快なやり方がな。ギルファーは今、国を二分する程に荒れているのだろう? お前がそう、教えてくれたんだ」
「っ……!!!」
「内情の荒れた国など脆いものだ。ならば、協力だの供与だのとまどろっこしい事など言わず、強硬派も融和派もまとめて攻め滅ぼしてしまえばいい。属国として御してしまえば何もかも思うがままだ」
「あっ……」
そう告げてやってはじめて、シズクは己の漏らした情報の重大さに気が付いたのか、みるみるうちにその顔から血の気が引いていく。
そんなシズクの異変に気が付いたのか、クスリと笑みを浮かべて身を離すテミスと入れ替わりで、眉根を寄せたフリーディアがグラリと崩れかけたシズクの身体を抱きかかえた。
「テミスッ!! 貴女シズクに何を言ったのッ!?」
「別に……? 私はただ、シズクのもたらした情報を聞いた私が、ファントを治めるべき者として、取るべき選択肢を示しただけさ」
「違……そんな……わ……わた……私……は……」
「ちょっ……シズク!? 大丈夫だから泣かないでッ!?」
「…………」
しかし、皮肉気に放ったテミスの言葉を諫める暇もなく、フリーディアは自らの胸元へと縋り付いて嗚咽を漏らし始めたシズクを宥めはじめる。
その様子を尻目に、テミスは深いため息を吐きながら、自らが座っていた椅子へと踵を返す。
別に、私とてシズクへ告げた言葉が本心な訳ではない。
そもそも、ギルファーの連中が目の色を変えて奪い合っているであろう権力などというものに興味は無いし、ここでギルファーを攻め落とした所で待っているのは、恨みに満ちた連中の住まう土地を管理する、統治という名の面倒事だけだ。
ならば、融和派の連中に勝って貰うのが楽なのだが、例え組むにしても、こうも重要な情報を漏らされてはこちらが危ない。
だからこそ、一度痛い目をみて学ばせてやろうと思った訳だが……。
「ハァ……これでは私が悪者ではないか……」
テミスは取り乱すシズクを必死であやすフリーディアを眺めながら、ぎしりと椅子を軋ませて気怠げにぼやいたのだった。




