891話 呆れの果てに
テミスがカルヴァスに連れられ辿り着いた病院では、異様な光景が広がっていた。
まず目に入ったのは、病院の出入り口に立つ二人の騎士。彼等はまるで、自分達が門番であるとでも言うかの如く、鋭い視線を周囲に走らせていた。
続いて周囲へと視線を向ければ、十数メートル程度の距離を置いて、甲冑に身を包んだ騎士達が、病院の建物を取り囲むように仁王立ちをしている。
しかし、その程度の事はまだ序の口だった。
目の前で広がる愚行に、テミスが怒りを通り越し、呆れさえも飛び越えて眩暈と頭痛を覚えながら、厳しい表情を浮かべる門番の間を通り抜け、一つの病室の前へと案内される。
「こちらです」
「…………。はぁぁぁぁっっ……」
病室の前で立ち止まり、身を翻したカルヴァスが真面目な表情で告げた瞬間。
テミスは心の底から湧き上がる昏い気持ちに圧し負け、深すぎるため息を吐いた。
まったく……何をやっているのだ……。
そんな言葉すら零せぬ程に呆れかえったテミスは、盛大な溜息を零しながら胸の中でひとりごちる。
案内された病室の前には、新たな門番が控えており、カルヴァスに案内されるまでも無く一目見ただけでそこが目的地である事など見て取れた。
しかも、それだけではない。
病院の中に控える門番達は甲冑こそ身に纏ってはいなかったものの、その腰には立派な剣が提げられている。
そして、同じように剣を提げ、何処かで見覚えのある顔の連中と、この病室に来るまでの間に何度すれ違った事だろう。
「……大馬鹿め」
片手で幻痛を発する頭を抑えながら、テミスは小さな声で悪態を漏らした。
ここに来てはじめて、テミスは数々の噂話が、凄まじい速度で兵士たちの間に広がっていった理由を思い知った。
間違い無い。後先考えずに詳細を告げぬまま、このような大袈裟な真似をしくさったフリーディアが元凶だ。
「……? テミス殿?」
「何でも無い。案内ご苦労」
目的地に辿り着いたものの、動かぬテミスを不審に思ったのだろう。案内を終えたカルヴァスが不思議そうに首を傾げて問いかけると、テミスはうんざりした口調で言葉を返し、示された病室へと足を踏み入れた。
このカルヴァスに何を言った所で意味は無い。否……厳密に言うのであれば、カルヴァスや周囲の騎士達もまた、被害者なのだ。
なればこそ、フリーディアにはこのような事をしでかした説教を、今私が嫌というほどに感じている倦怠感を理解するまで、叩き込んでやる必要がある。
そう……思っていたのだが……。
「テミスッッッ!!! 良かった……間に合ったのねッ!!! やけに時間がかかっているものだから、もう駄目かと……」
「っ……!!! ああぁっ……」
苦虫を噛み潰したような表情を引っ提げたテミスが戸を開けた瞬間、目に涙を溜めたフリーディアが安堵の息と共に並々ならぬ想いの籠った言葉をぶつけてくる。
加えてその傍ら……部屋の真ん中に設えられたベッドの上では、身を起こしたシズクが感極まったかのような嗚咽を漏らしつつ、胸を撫で下ろしていた。
「な……なに……? なんだというんだ?」
そんな、あまりにも予想と乖離した二人の反応に、テミスは胸を満たしていた苛立ちなど忘れ、ただただ困惑の中へと投げ出される。
必死に命を懸けてまで、敵ではないと伝えたシズクだけであらばこの反応は理解できた。
だが、いくらフリーディアが他人に共感して入れ込む性格の持ち主であったとしても、ここまで大袈裟な反応を見せるのは異常だった。
「なにって……安心してるのよ。心の底から。貴女がギルファーへと向かう前に止める事ができてね」
「何をそんな大袈裟な……。このままシズクが目覚めなければ情報が得られない……かといって、何もせず手をこまねいている訳にはいかないという点にはお前も同意していたではないか」
「えぇ……。確かに、ある意味ではその選択は正しかったのかもしれないわ。このままシズクが目覚めなくて、何もせずに元通りの日常を過ごしていたのなら……。待っていたのは最悪の事態でしょうから」
心底安堵した様子のフリーディアに、テミスは皮肉気な笑みを浮かべて言葉を返す。
しかし、一足先にシズクから話を聞いていたらしいフリーディアはテミスの言葉に小さく頷くと、困ったように微笑んでそう答えた。
だがその表情とは裏腹に、口調はまるで九死に一生を得たか後であるかのような、強い疲労を滲ませていた。
「とにかく……まずはシズクの話を聞きましょう。私もさっき、少しだけ事情を訊いただけだから。シズク……悪いのだけれど、はじめからお願いできるかしら?」
「ン……あぁ……。ならば、聞かせて貰おうか……」
テミスは言葉を続けたフリーディアが差し出した椅子へと腰かけると、ベッドの上で居心地が悪そうにもじもじと身を捩らせるシズクへチラリと視線を向ける。
「っ……! は、はい……」
すると、意外にもシズクは素直にコクリと頷き、小さく息を吸い込んでからゆっくりと語り始めたのだった。




