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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第17章

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889話 相反する想い

 翌明朝。

 朝日が昇り切り、名残を惜しむように揺蕩う湿気を帯びた夜の空気が消え去った頃。

 テミスは独り、引き締まった厳しい表情を浮かべて、執務室に設えられた自らの席に腰を掛けていた。

 その手元には、結わえられた一束の紙束。

 それは、指令書であり辞令書。獣人国家ギルファーの不穏な動きを牽制すると共にその内情を探り、必要とあらば先制攻撃を仕掛けるための精鋭部隊が記されている。

 都市国家に等しい立場であるファントは数的戦力に乏しい。故にこれまでは、個々の技量を極限までに磨き上げ、これまで魔族連中が見向きもしなかった戦術を繰る事により、華々しい戦果を挙げてきた。

 しかし、それはあくまでもファントという都市を守る為の戦い。南方やヤマトなどと遠征した事はあれど、どれも敵の魔手がファントへ及ばぬ安全な時期を見計らっての事だった。


「…………」


 カサリ。と。

 テミスは唇を真一文字に結んだまま、手元の紙束を取り上げて視線を落とす。

 目指すギルファーは遥か北方……厳しい戦いになるのは間違い無いだろう。だが、敵は既に、コウガやシズクといった手練れを送り込んでくる程に、このファントへと狙いを付けている。

 だからこそ、フリーディアやサキュド、ライゼルにレオン達など、ファントに留まる手練れの全てをギルファー攻略に回し、この町の守りを手薄にすることは避けねばならない。


「フム……」


 静かに息を吐くと、テミスは束ねた書類の一枚一枚にゆっくりと目を通していく。

 これを発令したが最後、止まる事はできない。降りかかる火の粉とはいえ、ファントはまた新たな戦火に巻き込まれることになるだろう。

 そこに記されていたのは、テミスを筆頭とする数人の名前。しかしそこには、フリーディアやサキュドの名はおろか、食客として逗留しているレオン達の名も、フリーディアが擁する転生者、ライゼルの名も記されてはいなかった。


「問題は……無いな」


 書類の束の最後の一枚を捲り上げ、テミスはゆっくりと動かしていた手を止めると、永く深いため息と共に呟きを漏らす。

 今回、ギルファーへと攻め上がる面々の殆どが、ヴァイセ達のようなヤマトからやって来た新兵で構成されていた。

 その理由はいたく単純で、例え遠い異郷の地で倒れたとしても、テミスのような能力持ち(・・・・)であれば、その生存確率は跳ね上がる。加えて、例の噂。私がファントを離れる以上、白翼騎士団の連中が逸る可能性もあるだろう。

 故に、連中の手綱を持つフリーディアを残し、私に代わる役として黒銀騎団の基幹要員を残していくのだ。これならば、ファントの防衛戦力を極力落とす事無く、万が一の際にギルファーへ十分な打撃を与える足る人員を確保できる。


「……定刻か」


 ぎしり。と。

 テミスは再び深いため息を吐くと、身体を預けていた椅子から重たい腰をゆっくりと上げた。

 約束の期日となっても、フリーディアはこの執務室に姿を現す事は無かった。

 てっきり、一日でも二日でも……期限を伸ばす為の交渉にやってくるかと思っていたのだが……。

 きっと今頃は、病院で眠るシズクの傍らで、必死で祈りでも捧げているのだろう。


「折角用意した理論武装も、無駄になってしまったな……」


 少しだけ寂し気に、テミスは小さく口角を吊り上げてひとりごちると、コツコツと足音を響かせて戸口へと歩き出した。

 部隊の中に流れる噂に、時間を無為に過ごせば過ごすほどに整うギルファーの侵攻準備など、それは必死の思いで争いを止めようとするフリーディアの想いを、彼女自身が曲げざるを得ぬ程に意地の悪い理論だ。


「だが……想いだけで安寧は護れない。ファントを守るという一点に関しては、お前と私の目的は同じなのだから……」


 皮肉気の頬を吊り上げて呟くと、テミスが手ずから作り上げた書類の束を小脇に抱え、腰に提げていた剣を鞘ごと抜き取った。

 そして、戸口の前で足を止めるとテミスは静かに目を瞑り、胸の中で言葉を紡ぐ。

 ……護るべき(平和)も、護りたい大切な人達(家族)も……そして、共に平穏を護る部下達(仲間)も、全てお前に預けよう。


「だから……」


 柔らかく瞳を閉ざしたまま、テミスは小さく口を動かすと、抜き取った剣をゆらりと持ち上げて、己の肩の後ろへ背負うような格好でピタリと止める。

 すると、動く者が居なくなったことで、静寂に包まれた執務室の中に、テミスの僅かな呼吸の音だけが響き渡った。

 その僅か後、呼吸を整えたテミスが大きく息を吸い込んだ刹那。


「…………」

「テミス殿ォッ!!! テミスッ!! ……殿は居られますかぁッ!!!」

「――っ!!?」


 ドンドンドンッッ!! と。

 息を切らせた叫び声と共にけたたましい音を立てて執務室の扉が叩かれ、部屋の中を満たしていた静謐な空気が霧散した。

 その突如として響き渡った叫びと戸を叩く音に、戸口の前で立っていたテミスはビクリと身を跳ねさせた後、油の切れた機械人形のように軋んだ動きでゆっくりとその視線を戸口へと向けたのだった。

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