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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第17章

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887話 護るべき者、見えざる敵

 時刻は昼。

 ファントの町には穏やかな日差しが降り注ぎ、暖かな陽気に恵まれる頃。

 軍団詰所の執務室には、身震いする程の寒気を覚えるような冷たい空気が漂っていた。

 だがそれは、実際に大気が冷えているのではない。身の毛がよだつ怖気と言い換えても良いその感覚をまき散らす元凶は、部屋の最奥に鎮座している。

 部屋の中には、本来詰めていなければならない筈のサキュドは既に逃げ去っており、緊張の面持ちを浮かべたマグヌスの隣には、テミスと同じく難しい顔のまま黙して動かないフリーディアの姿があった。


「……マグヌス。報告を」

「は……ハッ……!! 魔王領方面、人間領方面共に指定領域の捜索が完了! しかし、今回の一件に関わったとみられる獣人族の一味の発見には至りませんでした!」


 そんな中、静かな声でテミスが問いかけると、その迫力にビクリと肩を振るわせたマグヌスが前へと歩み出て、微かに震える声で報告を読み上げていく。

 けれど、その内容は決して芳しいものではなく、その事実が更にマグヌスの肝を冷やさせた。


「そうか……」


 しかし、内心で不機嫌極まりないテミスの爆発を恐れていたマグヌスの予想とは異なり、テミスはただ一言だけ言葉を返しただけで、顎に手を当てて考え込むかのように息を吐いた。

 コウガ達獣人族の盗賊一味と交戦したあの夜。テミスはファントに戻るや否や、盗賊一味への追撃と周辺一帯の捜索を命じたのだ。その範囲は広大で、このファントの町から現在は曖昧となっている各領域との勢力圏の狭間まで広げられていた。


「潮時……だな……」


 テミスは暫くの間、口元に手を当てたまま動きを止めた後、唸るように呟きを漏らす。

 あちらの世界(・・・・・・)でも、事件発生から四十八時間も経てば犯人は優に外国へ逃げ出している事だろう。

 たとえこちらの世界が、あちら程に技術やインフラが発展を遂げていないとはいえ、今日の時点で既に五日目。我々の勢力圏から脱するには余りある時間だといえる。


「捜索に充てていた者達を帰還させろ。連中を取り逃がしたのは痛いが、ひとまずファントの安全は確認できた」

「ハッ……!! 直ちに」

「それから……町の警備に無理の出ない範囲で構わん。帰還した連中にはなるべく早く十分な休息を取らせろ」

「っ……! 承知いたしました!!」


 テミスの言葉を受け、マグヌスは即座に一礼をすると、役目を果たすべく執務室を後にしようと背を向ける。

 その背を追ってテミスは言葉を付け加え、マグヌスの返答を待たずに目を閉じた。


「……これで、頼みの綱は彼女だけね」

「あぁ……」


 マグヌスが退出した後、フリーディアが静かに口を開くと、テミスは目を瞑ったまま唸るように喉を鳴らす。

 ここ数日、テミスが非常に不機嫌であると勘違いされる程に厳しい表情を浮かべて居るのには理由があった。

 あの日、森から帰還したテミスが即時追撃の指示を出すために詰所へと向かう途中、二手に分かれたフリーディアは意識の無いシズクをイルンジュの居る病院へと担ぎ込んだのだ。

 しかし、シズクの容体はテミスとフリーディアの想定を遥かに超えて悪く、五日経った今でもまだ意識が回復していない。


「今、我々が得ている情報は、シズクと盗賊連中がギルファーに関係する者で、奴等同士はどうやら敵対しているという事だけだ」

「違うわよ。シズクは私たちの敵じゃないわ? 他でもない貴女がそう言ったんじゃない」

「……奴自身がそう主張しているだけだ。奴の背後に何者かが居るのかすら、実際の所は何も解ってなどいない」


 ピシャリ。と。

 テミスは訴えかけるように告げたフリーディアの言葉を、真っ向から斬って捨てた。

 確かに、彼女の言う通りシズクが我々の敵でない事の方が理想なのだろう。しかし、それを確かめる事すらできない今、町の平穏を預かる立場としては、最悪の事態を想定して動く必要があった。


「お前も解っているはずだ、フリーディア。理想を夢見るのは構わんが、出来る備えを疎かにして割を食うのは、お前が護るべき無辜の人々なのだぞ」

「っ……!!!」

「……私だって戦争なんてものを好んでしたくは無い。だが、攻めて来るのであれば応じなければならん。予測できてしまったのならば猶更……な……」


 要点を抉り抜くようなその主張にフリーディアがピクリと肩を震わせると、テミスは小さくため息を吐きながら言葉を付け加えた。

 戦争とは、歴史の示す通り第一撃目の奇襲が絶大な効力を発揮する。それは勿論、ただ平穏な日常を送っている者だけではなく、奇襲を仕掛ける側だと油断している者に対しても有効な訳で。

 敵性国家の可能性が高いギルファーに対して予防攻撃を行うか否か……テミスとフリーディアの意見はその是非で真っ向から対立しているのだ。


「……三日だ」

「えっ……?」

「多めに見積もって、奇襲の為の精鋭部隊を編成し、極秘裏に出撃準備を整えるにはその程度はかかるだろう。それまでにシズクが目覚めなければ……フリーディア、お前も覚悟を決めろ」


 深海のように重い沈黙が続いた後。

 テミスは眉根に深い皺を寄せて口を開くと、重苦しい口調でフリーディアへそう告げたのだった。

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