幕間 ファントまでの旅路
魔王領。
そこは、人間達にとっての未開の地であり、永く魔族と戦争を繰り広げてきた彼等にとっては、魑魅魍魎の跋扈する地獄のような世界だ。
しかしその実態は、さして人間領のそれと変わらず、各地に点在する村や町を、それぞれの街道が繋いでいる。
そんな、何の変哲もない街道の片隅を、シズクはフラフラと覚束ない足取りで歩を進めていた。
「うっ……うぅ……」
くぅぅ……。と。
最早侘しさすら覚える程の空腹に呻き声を漏らすと同時に、シズクの腹が切なげに不満気な音を鳴らす。
国の未来の懸かった重大な任務を帯び、胸の内に愛国心と忠義の心を滾らせて国元を発ってから、どれ程の時間が経っただろうか。
路銀として渡された僅かな金はとうの昔に底を付き、今やファントを目指して旅を続ける最中、用心棒の真似事なんかをして路銀を稼いでいる体たらくだ。
無論。私とて任務の重要性は理解しているつもりだ。だがしかし、空腹を気力で持たせるにしても限度というものがある。
「お腹……空いたな……」
腹が減れば気分まで落ち込んでくるものだ。
シズクはボソリと呟きを漏らすと、とぼとぼと歩を進めながらため息を漏らす。
こんな極限に近い状態で尚、旅を続ける事ができているのは、ひとえに道すがらに伝え聞くファントの噂のお陰だろう。
聞くところによれば、彼の町には他の地では見た事の無いような食事の数々を出す店があり、その味も飛び上がる程に美味だという。
それに、二人の看板娘が働くという宿。清潔で掃除の行き届いた部屋だけではなく、柔らかいベッドと、こちらは珍しい品ではないもののたまらなく絶品な飯が出るらしい。
軒を連ねる店々に並ぶ品物の質は良く、町を守る衛兵や騎士たちのお陰で、町の中は平穏そのものらしい。
「ふふ……まるで極楽じゃないか……」
そう嘯きながら空へと視線を泳がせると、シズクは口元を僅かに綻ばせた。
所詮、全ては伝え聞いた話。シズクとて全てが真実であるなどとは思っていない。
けれど、何処へ行こうとも薄暗くて寒々しい自分の国を思えば、たとえ話の殆どがホラだとしても、夢のような町に思える。
「任務とはいえ少し……いや、とても楽しみだ」
シズクは大きく息を吸い込んでから、自分に言い聞かせるようにそう言葉を紡ぐと、気持ちを新たに力強く一歩を踏み出した。
もしもそんな素敵な町があるのならば。もしも、そんな町と友誼を結ぶ事ができたのなら、どれ程に素晴らしいことだろうか。
そう考えれば考える程、シズクの足取りは軽くなっていき、塞いでいた気分も晴れやかなものになってくる。
しかし。
「あぅ……。ひとまず何か……食べられる物でも探そう……」
再び鳴り響いた自らの腹の音に、シズクは悲し気に肩を落としてひとりごちると、道端の草や木々の若芽などに視線を配りながら、ファントの町を目指したのだった。




