876話 青い夢、貫く想い
一方。時は少し遡り、コウガがテミスの猛攻に耐え忍んでいる頃。
フリーディアもまた、血気盛んな盗賊たちの攻撃を捌きながら、鬼気迫る形相で叫びをあげていた。
「いい加減にッ……しなさいッ!!」
ギャリン! ジャリィンッ! と。
盗賊たちの振るう刃と、それを受けるフリーディアの剣が剣戟を奏でた後。両者は大きく跳び退がって距離を取って向かい合う。
既に実力の差は明白。地面の上に倒れ伏したまま動かないシズクを護りながら、たった一人で盗賊たちと渡り合っているフリーディアの方が、一枚も二枚も上手だった。
それでも尚、未だに決着が付いていない理由は二つ。
一つは、フリーディアが決して盗賊たちを傷付けようとせず、彼等の攻撃を弾き、受け流しては、ひたすらに投降を呼びかけている所為だ。
「もう解ったでしょう!? 貴方達では私には勝てないわッ!! 諦めて武器を棄てなさいッ!!」
「ハッ……笑わせるぜ。勝てねぇ理由なんざひとっつもねぇッッ!!」
「クッ……!? このッ!!」
フリーディアの呼びかけを嘲笑うように、一人の男が気合の籠った叫びと共に飛び出し、血に塗れたダガーを振るう。
しかし、単調な突撃でフリーディアを捉えられる筈もなく、男の攻撃を易々と躱したフリーディアは、十二分な余裕をもって男の血濡れた身体を盗賊たちの元へと蹴り返した。
「ぐあッ……!! ッ……!! この程度ッ……効くかよォッ!!」
だがその直後。
蹴りをまともに受けたはずの男が咆哮と共に即座に跳ね起き、再び武器を構えて突撃の姿勢を取る。
そう、圧倒的な実力差がありながらもいまだに決着がつかぬ二つ目の理由は、この一際士気の高い男にあった。
盗賊たちは己自身の損得で動く存在だ。故に、彼等とフリーディア程の実力差の下で数合も打ち合えば、自分達に万に一つの勝ち目も無いと悟った盗賊たちは、いとも容易く降伏する。
事実、周囲の者達の顔には幾度となく諦めの色が浮かんでおり、その度に彼等を鼓舞して無謀な突撃を続ける、この異様に士気が高い血濡れた獣人の男が居なければ、とうに決着は付いていただろう。
そして、そんなフリーディアの甘さにつけ込んだような無茶な突撃が、今新たな可能性を創り出そうとしていた。
「手を止めるなァッ!! 相手は一人だッ!! アイツが俺達を斬らねぇッてなら疲れさせて圧し潰せェッ!!」
「オォッ……!!!」
「ッ……!!!」
再び、フリーディアは咆哮と共に特攻してくる男を叩き伏せるが、続いて突撃を仕掛けた盗賊の刃が、僅かにその頬を掠めた。
しかし、肌を掠めただけの一撃で倒れるフリーディアでは無く、その盗賊も間を置かずしてフリーディアの脚による強烈な一撃を食らい、苦痛の嗚咽を漏らしながらその場へと崩れ落ちる。
「ハッ……ハッ……ハァッ……!!!」
「まだまだァッッッ!!」
「ハァァッ!」
「あガッ――!?」
崩れ落ちた盗賊の傍らで、息を荒げたフリーディアが背を丸めた瞬間。
再び起き上がった血濡れの男が好機とばかりに飛び掛かるが、跳ね上げるように閃いたフリーディアの剣の腹が男の顎を捉え、カコンッ! という軽い音を周囲に響かせた。
その直後、フリーディアの一撃を食らった男の身体はそのまま吹き飛ぶように背後へと倒れるが、数秒その動きを止めたかと思うと、再び立ち上がろうとするかのように地面の上でもがき始める。
「まだやるのッ!?」
「くっ……」
フリーディアはその機を逃さず、甲高い風切り音と共に振りかざした剣の切先を盗賊たちに向けて一喝するが、盗賊たちは攻撃こそ仕掛けては来ないものの投降する事は無く、それぞれに武器を構えたまま、まるで地面でもがく男の回復を待つかのようにフリーディアを睨み付け続けていた。
「っ……」
どうする……? と。
そんな、一向に投降する気配の見えない盗賊たちの様子に、フリーディアは密かに歯噛みをする。
先程、僅かに聞こえたテミスの苦し気な吐息からして、あちらの戦況もかなり逼迫しているはずだ。
なればこそ、一刻も早く目の前の盗賊たちを無力化して、テミスの助太刀に向かわなければならないのだが……。
「彼等にだって……何か……理由が……ッッ!!」
噛み締めた歯の隙間から、苦悩の呟きが漏れて出る。
もしかしたら、あのテミスの事だ。どんな窮地にあったとしても何とかするかもしれない……。
そんな、形を変えたテミスへの信頼と、全てを救うと己が胸に定めた志が、フリーディアに最後の一歩を踏み止まらせていた。
刹那。
「ガッ……グッ……――ッ!!! コウガさんッッ!!!!!」
「えっ……!? ……っ!!」
ガクガクと震えるその足で、突き立てるように地面を踏みしめ、今再び立ち上がらんとしていた血濡れの男が、叫びと共にフリーディアに背を向けて明後日の方向へと駆け出した。
それに一瞬遅れて反応して剣を構えるも、フリーディアはすぐに男の行動が自分への攻撃ではないと察し、男の動きを追って顔を傾ける。
その瞬間。
「ガ…………ハ……ッ……」
両腕を広げ、その背でコウガを守るように躍り出た男の胸を、テミスの突き出した漆黒の刃が深々と貫いたのだった。




