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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第3章

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81話 善悪のカタチ

「リックッ! リックッ! 早く! 早く救護をっ!」


 テミスの目の前では、取り乱したフリーディアが倒れたリックの傍らに膝を付いていた。自らの剣すらも投げ出しその体に縋る姿は、まるでただの少女のようだ。


「ハァ……失う覚悟も無い奴が戦場に出るな」


 テミスはフリーディア達に背を向けて抜剣し、壁を作る騎士達を眺めながら呟いた。これではまるで、我々が悪のようではないか。


「いや……善悪の定義などもとよりそんなものか……」


 テミスは無造作に剣を振り、刃に付いたミュルクの血を払いながらひとりごちる。前の世界でも、このような現象は確かに存在した。凶悪な事件を起こした犯人だというのにも関わらず赦される例が。そいつらには共通して、劣悪な家庭環境であったり、被害者が大衆の嫉妬を集めていたり……はたまた、高い地位や権力を持っていたが。


 要するに、気持ちの問題なのだ。より可哀そうだと……哀れだと思われた方の勝ち。往々にして被害者は加害者から受けた被害でそれを受けやすいというだけで、そこには何をした、されたという事実による普遍的な定義は存在しない。


「やれやれ……だな」


 そう呟くと、テミスは剣を構えて怒りを燃やす騎士達の目を睨みつけた。こいつ等の中で、仲間を傷付けた私は絶対の悪なのだろう。たとえそれが、自らの身を守るための反撃であったとしても。


「フリーディア! 戦うのか戦わないのか、いい加減決めてくれないか? 我々は忙しいんだ」


 テミスは声高にそう告げると、肩を並べる騎士達を無視して、その隙間から辛うじて除くフリーディアを見つめ続けた。これで戦意を喪失するのならばそれも良い。戦いの犠牲者がダース単位で減るのは喜ばしい事だ。


「っ…………」

「ハァ~……」


 しかし、壁を張る白翼の騎士達をかき分けて現れたフリーディアの目には、非難と深い悲しみに満ちていた。


「戦う前に……一つだけ聞かせて」

「……何だ?」


 呆れた様にため息を吐いたテミスに、フリーディアは静かな声で問いかけた。どうせ彼女の事だ、脳みその中に花畑でも詰まっているのではないかと錯覚するほどに、シアワセな質問が飛んでくるのだろう。


「何故……あなたはそこまで人間を憎むの?」

「憎んでなどいないさ。私は私の掲げた正義の元に、行動しているだけだ」

「なら……あなたの正義は間違っているわ。罪の無い人を傷付けてまで為す事を正義とは呼ばない」

「ククッ……」


 フリーディアの答えに、テミスは口元を抑えて嗤いを零す。なんと凝り固まった視点の主張だろうか。彼女は確かに平和を愛し、求めているのだろう。だがそれはあくまでも彼女の目線からの平和であって、世の中の平穏からは程遠い。争いのみを嫌い、その根本からは目を背ける典型的な平和信者だ。


「ならば、私がテプローとか言う町の住人を魔王軍から解放したのは間違いだったのだな。なるほど……あの拷問施設の存在は正しかったと」

「えっ……それって……」


 テミスは大仰に芝居がかった口調で告げると、フリーディアが小さく息を呑んだ。ケンシンが何やら言っていた気もするが、このお人好しはあの町にも関わっていたのだろうか。


「まぁ良い。強者が弱者を嬲る事を止めるのが悪だというのならば、我々はいずれどこかで相まみえる事になるだろう。ならばいっそ、この場で決着をつけるとしようか」


 テミスは無感情にそう言うと、構えた細剣の切先をフリーディアへと突きつけて続ける。


「残念だ。手段や立場は違えど、君と私が思い描いた物は……求めた理想郷(へいわ)は同じだと信じていたのだがな……」

「っ……私は……私はっ!」


 テミスが突きつけた切っ先の先で、声を震わせるフリーディアの手が剣の柄を固く握りしめた。テミスから見れば、この時のフリーディアは格好の獲物だった。構えは固く、意識は散漫。目線すらも泳いでいて、回復しきっていないこの体でも一撃で仕留めるのは容易だろう。


「……私も甘いな」


 テミスは自嘲気味に呟くと、構えた細剣から微かに力を抜いた。確かに、フリーディアの説く善に理は無い。けれども、理の無い善を説いたからと言って、誰を虐げる訳でもなく、自分たちに害意を持たぬ彼女を手にかける必要は無いだろう。折れた心で這い上がって来るのならばそれも良い。もしくは、再び立ちはだかってきたのならばその時切り伏せれば良い事だろう。


「テミスが……助けた……」


 フリーディアは、己が心を支えるかのように剣を握り締め、混乱する頭を必死に働かせていた。うわごとのようにその思考を呟きながら、得られた情報を整理していく。


「なんで……? なん……で……?」


 そして、突き詰めていくうちにフリーディアの中に残ったのは、たった一つの純粋な疑問だった。

 テミスは言った。強きを挫き、弱きを助けると。そしてその言葉通り、自分たちの手が届かなかったテプローの町を救った。

 テミスは言った。平和な世界を望んでいると。けれど、テミスは魔王に与してその力を振るっている。


「なんで……私達は戦っているの?」


 大粒の涙と共に、フリーディアの口から言葉が零れ落ちた。私はまた、テミスと一緒に語らい、笑い合いながら食事をしたかった。夢見る平和の為に肩を並べ、背を預けて戦いたかった。だと言うのに、求めれば求める程刃は交わり、その望んだ平和は遠のいていく。


「教えてよテミス……どうしたら私達は……手を取り合えるの?」


 白と黒の軍勢が固唾を呑んで見守る中に、フリーディアの弱々しくて悲痛な問いが木霊した。

10/25 誤字修正しました

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