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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第16章

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864話 血華繚乱

「ハアアアァァァァァッッ!!!」


 一閃。

 茂みの中にその身を隠していたシズクの放った一撃は、必殺の気合の籠った鋭いものだった。

 構えは下段。しかし、引き絞った弓の如く力の蓄えられた脚の駆る速度は凄まじく、繰り出される斬撃はシズクの身体すらもその一部として感じる程に洗練されていた。

 しかし。


「ケン!」

「わかって……らぁッ!!」


 シズクによる急襲は相手も予測していた事らしく、後衛の鉤爪を携えた男が叫びをあげると、前に大きく突出していた男が両手に携えたダガーを胸元に構える。

 その顔には獰猛な笑みが張り付いており、とても友好的とは呼べない獣の如き眼光が、まるで獲物を見定めるようにシズクの全身を舐めまわすように睨みつけた。


「っ……!! セェェェッ!!!」

「フハッ!!」


 防御など、知った事では無い。と。

 交戦の覚悟を決めたシズクはギラリと瞳を輝かせ、自らの放つ一撃に応ずるべく前進を続けるケンの喉元へと狙いを定めた。

 この一撃を外せば、敵の拠点の眼前で二対一の戦いを強いられる事になる。なればこそ、ここは一撃で勝負を決めるッッ!!

 シズクは急襲の構えを崩す事無く残った距離を駆け抜けると、一気にケンの全身を己が刀の射程範囲に収める程にまで肉薄した。

 だが、己が体に刃を添わせるように構えたシズクの刀が放たれる事は無く、まるで頭突きでも狙っているかのような勢いで、シズクは顔面からケンへと突っ込んでいく。


「そんなに死にてぇかッ!!」


 そして、そんなシズクの身体が両の腕で触れられるほどにケンへと接近した瞬間。

 ケンは凶暴な笑みを浮かべたまま叫び散らすと、迷うことなく両手に構えたダガーをシズクへと突き立てる。

 しかし、猛然と振るわれたケンのダガーが、シズクの纏っていた外套に触れた刹那。

 突如として現れた鈍色の閃光がケンのダガーを押し退け、火花を散らしながらケンの喉元へと猛進していった。


「なっ……」

「食らえッ!!」


 ケンのダガーが捉えた外套が裂ければ裂ける程、シズクの刀の切っ先はぐんぐんとケンの喉へと突き立てられるべく進んでいく。

 闇刃・陰百舌鳥。そう呼ばれるシズクの放ったこの技は、極限まで己が体で刃を隠して敵へと肉薄し、ひねりを加え、まるで引き絞った弓の如き構えから放たれる神速の一撃が敵を穿つ必殺の一撃だった。

 だが。


「ぐっ……オォォォォオオオオッッ!!」

「ッ……!!」


 避けられないと察してか、ケンは迫る刃を前に咆哮を上げると、気炎を上げて己が両の手のダガーへと力を籠める。

 直後。ばしゃりと中空を鮮血が迸り、肉薄したシズクとケンの身体が鈍い音と共に真正面から衝突した。


「ぐっ……あっ……」

「うッ……」


 結果は相打ち。

 鋭く放たれたシズクの刀は確かにケンを捉え、貫いていた。しかし、その肉体に鍔が触れる程まで深々と貫いたのは、狙いを定めた首ではなくその僅かに下。刀はケンの肩と胸の狭間を食い破り、高々と突き立った刀身がテラテラと血で濡れていた。

 一方で、ケンの一撃もシズクの身体を捉えていた。

 一度はシズクの刀に弾かれたダガーだったが、ケンは迷うことなく防御を棄て、肉薄するシズクの背に全力でそれを突き立てたのだ。

 深々と刺さったダガーの根元からは、こうして肉薄している間もじわじわと血が染み出しており、シズクに与えたダメージの大きさを物語っていた。


「キバァァッ!! 今だァッ!! ヤっちまえぇぇェッッ!!」

「あぁッ!!」

「くっ……!!」


 だが、シズクにはその身を襲う苦痛に叫びをあげる暇すらも無かった。

 間を置かずして叫ばれたケンの声に応えるように、その背後から静かな声が響き渡る。

 そこでは、既に鉤爪を振りかざしていたキバが、シズクに止めを刺すべく回り込もうとしていた。

 しかし、キバの一撃に応じようとも、刀はケンの身体に封じられている。しかも、ケンに突き立てられたダガーが獲物を食んだ肉食獣の如くがっちりと体内に食い込んでおり、攻撃を躱す事はおろか、ブチブチと肉の割ける音を聞きながら、身体を僅かに捻るだけで精一杯だった。


「終わりだ」


 呟くような宣言と共に、ケンの身体を避けたキバの鉤爪が無慈悲にも振り下ろされる。

 その眼前でシズクは、今も尚ケンにダガーを突き立てられた無防備な背を晒し続けていた。

 まさに絶体絶命。しかしこの期に及んで尚、ギラリと見開かれたシズクの瞳は光を失ってはいなかった。


「っ……!!!」


 シズクは呼吸を止め、じくじくと痛みに蝕まれる意識を静かに切り離す。

 この窮地を逃れる方法はただ一つ。だが、この状況でそれをしたが最後、これ以上の先頭は困難だ。

 それどころか、この背を蝕む燃えるような痛みと苦しみを、ただ徒に長引かせるだけとなるかもしれない。

 そんな諦めにも似た感情が過った瞬間。それを消し飛ばすように鮮烈に、シズクの脳裏にアリーシャの姿が浮かび上がった。

 そうだ……私は知っている。どんな窮地に追い込まれても……絶対に敵わぬ相手を前にしても、最後の一瞬まで諦めなかった人を。


「ッッ……ァァァァァァアアアアアアアッッ!!!」

「な……に……ッ!?」


 迷いは払われた。

 瞬間。シズクは猛然と叫びをあげながら体を捻ると、背に突き立てられたダガーがブチブチと己が身を裂く痛みを無視して迫り来るキバをギラリと睨みつける。

 同時に身体の下では、刀に添えられていた左手が音も無く離れ、シズクの腰に提げられているもう一振りの短刀……脇差の柄を握り締めていた。


「ガアァァァァァッッッ……!!!」


 そして……。

 ジャリィンッ!! と。

 血を吐き出すようなシズクの叫びと共に、肉を深々と切り裂く音が深い森の中を響き渡ったのだった。

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