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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第16章

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861話 白と黒の逆鱗

 深夜。

 朧な月が天頂に登り、今や魔族領と人間領の唯一の玄関口として栄えるファントの町といえど、深い眠りについた頃。

 キィッ……と。静まり返った宿の空気を震わせて、一つの部屋の戸が微かな軋みと共に開かれた。

 続いて、そこからゆっくりと姿を現したのは、夜の闇に溶け込むかのような真っ黒な服に身を包んだ一人の少女。

 その夜の闇の中で冷たく、そして燦然と輝く長い銀の髪を持つ少女こそ、扉が開かれた部屋この主であり、その力を以てファントの町を守り抜いてきた守護者でもあるテミスだった。


「…………」


 静かに、そして物憂げに。

 部屋から廊下へと歩み出たテミスは、自らの部屋の戸を閉じる前に、ゆっくりとその視線を階下の一角へと彷徨わせる。

 そこにあったのは奥へと続く一枚の扉。その扉は、マーサやアリーシャが寝泊まりしている住居部分へと繋がっており、その隙間からは誰もが寝静まっているはずの深夜であるにも関わらず、ゆらゆらと僅かに揺れる光が漏れ出ていた。


「フッ……」


 クスリ。と。

 テミスは数秒もの間、扉の隙間から漏れ出る柔らかな光を見つめ続けた後、小さな笑みを浮かべて自らの部屋の戸を閉める。

 きっとあの扉の向こうでは、今も尚マーサさんが徹夜でアリーシャの看病を続けているのだろう。

 イルンジュの話では、アリーシャの怪我は無数の打撲と擦り傷らしい、未だ意識が戻らぬのも、極度の疲労からであり、命に別状はないという。

 だがそれでも、実の愛娘がああも傷だらけで帰って来たのでは、親としては心配で矢も盾も堪らぬのだろう。


「……ごめんなさい」


 ボロボロの身体をベッドに横たえるアリーシャと、その傍らで様子を見守るマーサ。

 そんな光景が容易にも目に浮かんでしまったが故に、テミスは蚊の鳴くように小さな声で謝罪を述べると、漏れ出る光の向こうへと深々と頭を下げた。

 本当ならば私も、マーサを手伝ってアリーシャの看病をするべきなのだろう。傷付いたアリーシャが動けぬ分、私が彼女の分までマーサの事を支えるべきなのだろう。それこそが、こんな私を家族といって迎え入れてくれた二人へ、今の私が本当にすべきことなのだろうが……。


「ごめん……なさい……」


 ぎしり。と。

 テミスは深々と下げた頭を上げながら再びそう呟くと、コツコツと静かな足音を鳴らして階下へと降り立った。

 そして、テミスは一瞬の迷いすら見せる事も無く、店の出口である扉を静かに開き、夜霧の煙る深夜の町中へと歩み出る。


「っ……」


 そうだ。既に私の心は決まっている。

 深夜の町へと踏み出したテミスは、胸いっぱいに夜霧を吸い込むと、大きくため息を吐いて静かに目を見開いた。

 傷だらけでボロボロのアリーシャを見た瞬間。頭を金属バットで殴り抜かれたような衝撃と共に、灼熱の溶岩のような怒りが濁流のように押し寄せてきたんだ。

 けれど、濁流のように押し寄せる怒りは私の心を灼くだけに留まり、怒りのままに命令を発するような事態にはならなかった。

 そう。黒銀騎団も白翼騎士団も、ファントの町を守るために存在する者たちであり、決して私が私情で動かしていい者達では無い。

 少しばかり冷静になった今思えば、あの瞬間、即座に叫びながら復讐に飛び出て行かなかったのは、この妙に冷え切った頭こそが、怒りが振り切って冷酷になっている状態という事なのだろう。

 そんな事を思いながら、テミスがカツカツと足音を鳴らし、町の外へ出るべく足早に歩を進めていた時だった。


「……来ると思っていたわ。テミス」


 暗闇に包まれた前方から、静かな、しかし厳しい声が響き渡り、その声と共に一人の少女が、黄金色の髪をなびかせながら微かな月明かりの中へと姿を現した。


「フリーディア……何の用だ?」

「アリーシャを傷付けた人達を斬りに行くのでしょう? ……私も行くわ」

「邪魔をするな。如何にお前といえど、今回ばかりは――」

「――馬鹿言わないで。捕まえるのに手を貸すって言っているのよ。私だって怒るわ?」

「お前……」


 不敵な微笑みを浮かべながら歩み寄るフリーディアに、身構えていたテミスは驚きに目を見開いた後、クスリと笑って自らも再び歩み始める。

 そして、テミスとフリーディアはそれ以上の言葉を交わす事無く肩を並べて歩き始めると、どちらからともなく突然、噴き出してクスクスと笑い始めた。


「ククッ……!! ハハハッ……!! まさか、お前が率先して私の個人的な用事に手を貸す日が来るとはな?」

「フフッ……。本当ね。でもテミス……この際無茶は咎めないわ。けれど、貴女はまだ本調子じゃないのでしょう? だから、無理だけはしないでね?」

「フン……全く……。何処までもお節介な奴だ……」


 ひとしきり満足するまで笑った後、テミスとフリーディアは朗らかに言葉を交わしながら、コツコツと固い足音を響かせて、夜の闇の中へと消えていったのだった。

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