80話 無慈悲なる鉄槌
その動作は体に染み付いた物だった。
否。最早体すら異なるこの世界であえて言うのなら、魂に染み付いた物だと言うべきなのかもしれない。
脱力した状態から銃把を握り、抜き放ちながら撃鉄を起こす。ホルスターから抜いたスピードを殺さぬまま銃口を標的に向け、この瞬間に銃本体を両手でしっかりと固定する。あとは標的に狙いを定め、落ち着いて引き金を引く。
私の場合は特に、勤務外にも自主訓練をして、何百回。何千回と繰り返してきた動きだ。あの時と同じで、その動きに全くの淀みは無かった。
「あっ……グッ……?」
薄く白い煙を吐き出す銃口の先で、口から一筋の赤い線を滴らせたルークの体がぐらりと傾いだ。
「…………」
パァン! パァン! パァン! と。乾いた破裂音が続いて響き渡る。音と共にルークの服に赤黒い点の数が増え、その体が着弾の衝撃で徐々に後ろへと下がっていく。
「フン……他愛もない」
ガキン! と。テミスは銃が弾切れを知らせる音が鳴り響くまで引き金を絞り続けた後、銃を下ろして呟いた。
「滑稽だな? ルークとやら」
テミスは驚きに凍り付くマグヌスとサキュドの陰から歩み出ると、シリンダーを振り出して排莢しながら語り掛ける。その視線の先には、膝から崩れ落ちて歯を食いしばるルークの姿が収められていた。
「これで詰み。チェックメイトだ」
カチリと。半ばまで歩み寄った所で、テミスは言葉と共に弾を再装填した銃をルークの額へと突きつける。動かぬ的に弾を当てるのならこの距離で十分だ。わざわざ、余力を残している可能性のある敵の射程圏に飛び込んでやる義理は無い。
「なっ……んで……」
ごぼりと血の塊を吐き出しながら、ルークが苦し気に問いかける。テミスの放った弾丸は全て胴体に着弾していた、おおかたその傷のうちのどれかが肺にでも達しているのだろう。
「何で、能力を奪ったのに戦えるのか……か?」
ルークに拳銃を突きつけたまま、テミスは邪悪に微笑むと語り始める。創作物ではこういった行為は所謂、死亡フラグとされているが残念ながらここは現実だ。それに、簒奪した力で己が欲望を満たしたコイツは殺すだけでは足りないだろう。
「お前の力はただ上辺を掠め取るだけなんだよ。そこに蓄積された歴史……経験までは奪えない。故にその力は借り物に過ぎず、本来の力を発揮しないのさ」
「ぐっ……クッ……」
そう宣言するとテミスはためらいなく引き金を絞り、再び乾いた音が響き渡る。しかし今度は、音の数瞬後にドサリと言う鈍い音が微かに並んでいた。
「殺……したの?」
「ああ」
震える声で問いかけるフリーディアに、テミスは事も無げに答えた。例えどう転んだとしても、この男を殺す事に変わりは無い。せめてこの力を、正義の為に使っていたのならば話は違ったのだろうが……。
「テミス……やっぱりあなたは間違ってるわ! ルークも話せばきっと解ってくれた! まだ……やり直せたっ!」
「詭弁だな」
涙を流しながら叫びをあげるフリーディアに、テミスは拳銃を懐に仕舞いながら冷たく言い放つ。同時にじわじわとだが、全身に温かさの様な力が漲ってくるのを感じていた。
「テミス様。いかがですか?」
「ああ。問題ない」
後ろから歩み出たマグヌスの問いに、テミスは頷いて答える。まだ全身に靄がかかっているような妙な気分だが、次第にこの違和感も晴れるだろう。
「行くぞ。力が戻ったのならば、このまま奴等を挟撃する」
「ハッ!」
「待ちなさい!」
マグヌス達にそう言ってテミスが背を向けた瞬間。フリーディアが剣を抜き放ってその切っ先をテミスへと向けた。
「行かせる訳……無いでしょっ!! 抜きなさいよ!」
未だに涙に濡れる頬を拭いもせず、フリーディアが激しく声を上げる。その横では、彼女に同調した騎士団員たちが次々と抜刀する音が聞えて来た。
「間抜けめ。止めるのならば、何故私が背を向けた瞬間に斬りかからない。確かに私はお前の理想を評価はするが、お前自身のその甘さには虫唾が走る」
フリーディアの言葉に足を止めたテミスは、ゆっくりと振り返りながらフリーディアを見据える。その目に浮かんでいたのは、明確な失望と殺意だった。
「もう良い。いい加減面倒だ。皆殺しにするぞ」
「っ!? 正気ですか? 相手は白翼ですよ?」
テミスの言葉に、傍らのマグヌスが目を丸くして問いかける。確かに、テミスが復活したとはいえ、相手は人間軍最強の白翼騎士団。対する十三軍団は壊滅寸前と戦力差は歴然だった。
「ああ。我らの邪魔をすると言うのだ。好き好んで殺す必要も無いが、わざわざ背を刺すと宣言している輩を生かす道理もあるま……いッ!」
言葉と共に、テミスは腰の剣を抜き放って宙を薙いだ。非常に甲高い風切り音が鳴り響き、その切っ先の向いた先であるフリーディアの足元が深々と切断された。
「聞いての通りだフリーディア。私にはお前達を生かす理由も無いし、殺す理由も無い。よって、平和を尊ぶ我々は邪魔立てしないのであれば、この場でお前達に手を出すまい」
テミスはそう宣言しながらフリーディア達の方へと数歩歩み寄ると、言葉を区切って剣を振りかぶる。
「このっ……! 悪魔め!」
「向ってくるのならば……こうだ」
ヒャゥンと。言葉を締めたテミスの手が閃き、後ろに控えていた騎士達の中から飛び出したミュルクを切り裂いた。
「ぐっ……そん……な……」
「リックッッ!!!」
ガシャンと派手な音を立てながらミュルクが崩れ落ちた途端。フリーディアの悲痛な叫び声が響き渡ったのだった。
2020/11/23 誤字修正しました




