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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第16章

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859話 敗者の情念

 一方その頃。

 森の中、シズク達が休息を取っていた小さな広場では、龍子が一人その背を大岩へと預けて、地面に座り込んでいた。

 彼女が腰を掛けた地面の上には、今も尚夥しい量の血が流れ出て土を潤している。

 だというのに、天を仰ぐように座す龍子の表情はどこか満足気で、浅い呼吸を繰り返しながら傍らに突き立てられた太刀の柄に、酷く重たそうに自らの頭を預けてひとりごちった。


「やれやれ……まさか……だねぇ……」


 あの瞬間。

 刃を交える直前の直前まで、シズクは間違い無く決死の覚悟を決めていた筈だ。

 対するアタシは、たとえこの身を斬られたとて、渾身の力を以て放たれた斬撃が相手を二つに断ち斬る……シズクの決死の覚悟に対する返礼として、また自分自身の意地を貫き通す為、繰り出したのは一撃必殺の奥義だった。


「クク……ハハハッ……!! 面白い……あぁ、本当に面白い……」


 龍子は血沸き肉躍る刹那の時間を思い返すと、クスクスと穏やかな笑い声をあげる。

 このアタシが繰り出した奥義だ。受ける事はおろか、躱す事なんざできる訳も無い。

 けれど、シズクが唐突に己の覚悟を挿げ替えたあの時……。ほんのわずかな時間、須臾の間にシズクもそれを悟ったらしく、シズクは瞬時に己が刃の狙いをこの腕に変え、見事窮地を切り抜けてみせたのだ。


「ふぅぅゥゥゥゥッ……うむ……だからこそ……か。惜しいものだな……。こんな盗賊の真似事(・・・・・・)などをしている時ではなく、このような鬱屈とした森の中などではなく、もっと相応しい場所で戦えたのならば……」


 大きく息を吐いた後、龍子は酷く惜しみながら咀嚼するように何度も頷くと、静かに陰のある笑みを浮かべて言葉を続ける。

 同じ獣人族なのだ。もしも違う出会い方をしていたのならば、こうして殺し合うのではなく言葉で諭し、刃を交えながらも互いの力を高め合うような友になれていたやもしれない。


「馬鹿な奴だよ……人間なんて……助けたって……」


 そう呟きながら、龍子は深々と切り裂かれた腕の傷を押さえていた手を離すと、だくだくと溢れ始める血を無視して、己が血に塗れた掌を天へと翳す。

 もう、何年も前の事だろうか。

 切り捨てられた悲しみも、裏切られた怒りも色褪せて消え、ただ形の無い……真っ黒な泥のような憎しみと憎悪だけが残る程に昔の事だ。

 あの日もアタシは、こうして血の海の中に沈んでいたんだっけ……。


「ハハ……。憎くて……殺したいほど憎くて仕方ないのに……もう顔も……思い出せないや……」


 トサリ。と。

 龍子は空虚な口調で言葉を紡ぐと、空へと向けて掲げた血塗れの手を力無く地面へ落とす。

 そう。何のことは無い話。

 ただ一人のお人好しな獣人族が、手酷く裏切られて奪われたってだけの、この世界のどこにでも掃いて捨てる程に転がっているような話だ。

 それ故にこんなクソみたいな世界の中でも、あんなに真っ直ぐで綺麗な目をした獣人族(同胞)に出会えるとは思わなかった。

 だからこそ……敵として刃を交えたとはいえ、シズクがかつての自分のように世界に絶望する姿は見たくない……と。龍子は心の底からそう思っていた。


「ヤツ等……間に……合ったかねぇ……?」


 シズクの連れていたあの小娘は、どう見たって戦う事なんてできやしない身体つきだった。

 だから上手く行けば、私を倒したシズクが追い付く前に、あの娘を追わせた部下達が彼女を捕らえているかもしれない。

 そうすれば、あの小娘がシズクを裏切る事なんてできやしない。

 命令通り本国へ送って、あとは嬲り者なり慰み者なり、これまで自分達がしてきた事へのツケを払うだけだ。


「フッ……」


 けれどきっと、シズクはあの小娘を助けてしまうのだろう。

 シズクが追い付くまで、あの小娘が逃げきれているはずもない。姿の見えぬ森の中で、シズクが彼女に追い付ける保障も無い。

 だというのに、何故か龍子はシズクがアリーシャを救うのだろう……と心のどこかでそう確信していた。


「まぁいいさ……いつかまた……戦えた……のなら……」


 龍子は白み始めた意識の底で呻くようにそう呟くと、遠くからザクザクと近付いてくる足音に耳を澄ましながら、ゆっくりと意識を手放したのだった。

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