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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第16章

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858話 不屈の魂

 怖い。熱い。痛い。

 焦りが頂点に達したアリーシャの胸の中では、様々な感情が濁流のように渦巻いていた。

 だからこそアリーシャは、一心不乱にわき目も振らず、迷うことなく逃走する道を選ぶ事ができたのだろう。

 それは間違い無く、ただの町娘であるアリーシャが、追い詰められたこの状況下で生き残るためには最も確率の高い方法であり、正しい選択であったのは言うまでもない。

 しかし、慣れない森の中を荒々しい盗賊たちに追い回されながら限界まで走り続けたただの町娘であるアリーシャの体力と、獣人族という体力・膂力に恵まれた肉体を持ち、常日頃からこのような荒事の渦中に身を置く盗賊たちのそれとでは比べるべくもなかった。


「待て……ってぇ……言ってンだろがッ!!」

「ッ……!! 嫌ッ……!?」


 脱兎のごとく逃げ出したアリーシャに、腕を切り裂かれた仲間を置いて即座に追った盗賊の怒号が追い縋る。

 その怒声はアリーシャの心を震えあがらせるには十分過ぎる程の怒りと殺気を帯びていただけではなく、奇襲と共に逃げ去ったはずにもかかわらず、まるでアリーシャのすぐ背後から響くかの如き迫力だった。

 それもその筈。

 怒りに顔を歪めながらアリーシャを追う盗賊は、既に逃げるアリーシャの背の間近にまで迫っている。

 そして、ほんの僅かに開いている距離さえも、刻一刻と時が過ぎる毎にじりじりと、しかし確実に縮まっていた。


「ったくよォ!! 馬鹿な女だぜ!! せっかく!!! 俺達が助けてやろうってのになァッ!!」

「っ~~~~!!!」

「無駄!! なんだよ!! 人間如きがッ!!!」


 悠に十数秒。そんな鎬を削るが如き追走劇が繰り広げられた後。

 罵声をまき散らしながらアリーシャの背を追っていた盗賊の腕が、遂にアリーシャの背を捉えられるほどに肉薄した。

 しかし、盗賊はそれでも尚ただアリーシャの身柄を捉える事は無く。ギラギラと怒りに血走った目を光らせ、丸太のように太い腕を大きく振りかぶる。


「あウッ……ぎゃッ……!?」


 直後。

 ゴズン……。と鈍い音が辺りに響き渡る。

 それは無情にも、盗賊の振るった鋼のように固い握り拳が、アリーシャの後頭部を捉えた音だった。盗賊の剛腕から繰り出された拳を受けたアリーシャの身体は、走る勢いをそのままに体勢を崩すと、顔面から地面へとつんのめり、ゴロゴロと転がりながらその足を止めた。


「…………ぅ……ぁ……」

「ケッ……手間ァ……かけさせやがって……」


 その後ろから、盗賊は荒い呼吸を繰り返しながら、地面を転がった体勢のまま地に身を伏せて呻くアリーシャに歩み寄ると、怒りの籠った目で見下ろして吐き捨てるように呟きを漏らす。

 しかし彼の視線の先では、血と土に塗れ、傷だらけになりながらも、未だその手にナイフを固く握り締めたアリーシャが微かに蠢いており、それは絶望的な状況にありながら、彼女が未だ諦めていない事を物語っていた。


「っ……!!」


 ジャリッ……と。

 盗賊は突如として自らの足元から響いた土の擦れる音に気が付くと、半ば反射的にアリーシャへ向けていた視線を足元へと落とす。

 そこには、自らが無意識に一歩を退いた跡がありありと残されており、盗賊の男はその事実に驚愕して目を見開くと、再び視線をアリーシャへと戻して愕然と呟きを零した。


「あり……得ねぇ……」


 眼前の小娘は既に死に体だ。

 その証拠に、ナイフこそ手放してはいないものの、四肢は事切れたかのように力無く投げ出されている。

 身体だって深い傷こそ追っていないが既に満身創痍で、その身に纏っていた服さえ、今や辛うじて原形を留めている程度に裂け破れ、残っている布も余さず血や泥や汗に塗れ、見るに堪えない汚れたぼろきれとなっていた。

 そんな惨状なのだ。強靭な体を持つ獣人族や竜人族ならばまだしも、ただの人間の……しかもこんな見るからに弱っちい女が、まだ反抗できる力を残している訳が無い。

 そう断じた盗賊が、無意識に退いた足を一歩、前へと踏み出した時だった。


「っ……!? コイツ……!?」


 アリーシャを見下ろしていた盗賊の目が、ボロボロの身体で地に伏しながらも、煌々と燃え上がる炎のように力強い光を燃やすアリーシャの瞳を捉えた。


「ぐくッ……良く解らねぇけど……コイツは……ヤベェッ……!!」


 同時に、盗賊は自らの背筋を走り抜けた悪寒に従い、叫びと共に携えていたナイフを高々と振り上げる。

 ――今、この場で殺さなくてはッ……!! 

 そして盗賊が、本能のままに振り上げたナイフを、地面に倒れ伏したアリーシャへと振り下ろそうとした瞬間。


「――やらせは……しません」


 何処からともなく、静かな声が響き渡った。

 この声は確か、この小娘と一緒に居た護衛の――。

 同時に、盗賊の視界はぐるりと回転すると、高々とナイフを振り上げたまま首を失った己が体を映し、思考は中途で途切れたまま、意識は闇の中へと沈んでいった。

 そして……。


「間に合って……良かった……です……」


 ドサリ。と。

 アリーシャを襲わんとしていた盗賊が事切れるのを確かめた後、その後ろに立っていたシズクはそう呟くと、刀を傍らの地面へと突き立て、その場で崩れ落ちるように膝を付いたのだった。

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