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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第16章

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855話 相食む獣たち

 轟ッッ!! と。

 刀を構えたシズクの前を荒々しい豪風が通り過ぎる。

 それが、目の前の女が太刀を振るった際に生じた剣圧だと気付いたのは、吹き荒ぶ剣風がシズクの身体を通り過ぎた後の事だった。


「カハハ……!! 嫌だねぇ……獣人たる者、胸に抱いた気高き誇りを掲げ、忠と義に生きよ……か? 黴臭くて反吐が出る」

「……黙れ。理の中ですら生きられぬ畜生風情が。わかったような口を利くな」


 しかし、シズクは己を巻き込む剣風をものともせず、獰猛な笑みを浮かべる女へ静かに言葉を返した。

 彼女の太刀は恐るべき剛剣だ。それはまるで野に解き放たれた野獣の爪牙をも思わせる一撃で、まともに食らえばシズクといえど受けた刀ごと真っ二つにされるだろう。

 それほどまでに、彼我の力量の差は明白で。

 だがそれでも尚、シズクはチリチリと己が胸の内で燃え滾る熱を瞳に宿して、鋭く女を睨み続けた。


「畜生……? ああそうだよ解ってんじゃないか……。アタシ等は皆畜生だ。そんな下らない矜持を持ち続けたが故に、獣人族(アタシ達)は辱めを受け、搾取され、嘲笑われ続けた」

「…………」

「そんな状況を甘んじて受け入れ、クソみたいな連中に尻尾振って生きるのが高潔だってんなら……ヒトだってんなら、アタシゃ獣で結構さ」


 固い決意の宿ったシズクの瞳に、女はギシリと歯を食いしばりながら、振るった太刀を持ち上げて、足元の地面へ向けてドズリと突き立てる。

 そして、それでも尚静かに刀を構え続けるシズクをギロリと睨み付け、深く息を吐きながら言葉を続ける。


「大河龍虎。よく覚えておきな、人間の(・・・)嬢ちゃん。アンタを喰い殺す下賤で卑しい獣の名さ」

「っ……!! フフ……」


 犬歯をむき出しにし荒々しい闘争心を叩きつかるかのように名乗りを上げた女に、シズクは僅かに目を見開いた後で口元に小さな笑みを浮かべた。

 タイガ・リュウコ……ファントの様式に合わせるのならば、リュウコ・タイガだろう。

 だというのに、彼女は私の事を黴臭いと嘲りながらも、古くから獣人族に伝わる様式で名乗ってみせたのだ。

 それが何を意味するかなど考える暇は無い。だがシズクには、今こうして名乗りを上げたリュウコは、盗賊ではなく一人の武人として私と立ち合っている……。そう思えてならなかった。


「シズク」

「……あん?」

「猫宮滴です。生憎、貴女に喰い殺される気はありませんので」


 だからこそ、全力で行く。

 甘く痺れるような緊張感に身を浸しながら、シズクは構えていた刀を鞘へと戻して名乗りを上げた。

 同時に、シズクは唇を微かに歪めたまま、収めた刀の柄に手を添えて深く腰を落とした構えを取る。


「へぇ……居合かい……。そんな技を持った奴に、こんな場所で出会えるとはね……」


 そんなシズクに対して、リュウコはどこか嬉しそうに目を細めると、地面に突き立てた太刀を引き抜き、高々と天を衝くように高々と構えて見せた。

 瞬間。場を満たしていた緊張感の質が、吹き荒ぶ嵐のような荒々しいものから、研ぎ澄まされた鋭い切っ先のような静謐へと姿を変える。

 そして、突如として静まり返った森の中で、二人は石像にでもなったかのように動きを止めて睨み合う。


「っ……」

「…………」


 抜き放った太刀を力強く掲げるリュウコと、収めた刀に手を添え身体を巻き込むようにして構えるシズク。

 構えからして対照的な二人が睨み合うこと数分。シズクは自らの頬を音も無く伝う汗を感じながら、相対するリュウコの一挙手一投足すら見逃さぬよう、全力で意識を集中し続けていた。

 恐らく、この戦いの決着は一瞬で付くだろう。

 相手は明らかに格上……だからこそ、私は私の全てをこの一撃に懸けるのだ。

 たとえ手傷を負っても良い。己の命をも乗せた捨て身の一撃ならば、リュウコの放つ一撃よりも迅く、その首を落とす事ができるかもしれない。


「フゥ~……」


 決死の覚悟を決めたシズクが大きく息を吐き、キチリと刀の鯉口を切った瞬間。

 逃げ去る直前、まるでシズクの身を案ずるかのように振り返っていたアリーシャの不安気な顔がシズクの脳裏を過った。

 同時に、ファントの町で過ごした色鮮やかな数日と共に、毎夜、彼女の宿で口にしていた温かで賑やかな食事が蘇ってくる。

 それは、シズクがこの世に産まれ落ち、今まで生きてきた中で初めての体験で。

 そんな、胸中に去来した未練とも思える光景にシズクの動きがピタリと止まる。


「オオオオォォォッッッ!!!」

「ッ……!!!!」


 刹那。

 猛獣のような咆哮が響き渡ると共に、太刀を振りかざしたリュウコが、猛然とシズクへと肉薄し、シズクの頭へ向けてその剛剣を振り下ろしたのだった。

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