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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第16章

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848話 恥辱の檻

 一方その頃。

 ファントの町に設えられている病院の一室では、手当の施されたシズクが難しい顔でベッドに横たわり、何をするでもなく天井を睨み付けていた。


「…………」


 否。何もしないのではない。何もできないのだ。

 シズクがベッドの上で身を捩らせると同時に、彼女の四肢にはめられ枷がじゃらりと音を立て、その現実を刻み込んでくる。


「クッ……!!」


 この町は危険だ。一刻も早くここを抜け出し、それを伝えなければ。

 焦りを帯びた内心を表すかの如く、身体に繋がれた鎖がじゃらじゃらと嫌な音を立てるが、シズクは僅かな痛みを発する体を無視して、室内へと視線を走らせた。

 一体あれから、どれ程の時間が経ったのかは分からない。だが、意識を失った自分がこの部屋へと運ばれ、手当を施されている辺り、相応の時間は過ぎてしまっているのだろう。


「っ……!! っ……! っ……。ハァ……」


 どうせ、捕らえられている理由なんて碌なものでは無い。

 だからこそ、シズクとしては全力で脱出すべくもがいているつもりではあったのだが、こうもがっちりと四肢を拘束されていては、無駄な抵抗に過ぎなかった。

 いっその事、舌でも噛んで死ぬべきなのだろうか。

 何度もがこうとも外れる気配すら見せない枷に見切りを付けると、シズクは捩っていた身をベッドに横たえ直してため息を吐く。

 幸いな事に、四肢は拘束されているものの口枷までは施されていない。

 この後に待ち受けているであろう拷問や、その先の絶望的な末路を考えるのならば、連中が隙を見せた今、ここで果ててしまうのが正解なのだろう。


「れ……ぁ……っ……!! ッ……!!! ハッ……ッ……ハァッ……!!」


 そう心を定めたシズクは、即座に舌を突き出すと、それを噛み千切るべく大きく口を開いた。

 だがその状態で、胸の中に去来した恐怖に身が竦み、凍り付いたように動きを止める。

 聞いた話では、刀で首を刎ねたり胸を穿つのとは異なり、舌を噛み千切った所で即座に死ぬ事はできないらしい。

 曰く、身体に残った舌が喉の奥へと巻き込まれて息を止め、死ぬまでの間に血の泡を吹きながら長い時間をかけて苦しみながら死ぬのだという。

 ……嫌だ。そんな死に方はしたくない。

 この牙を突き立てた直後から始まるであろう苦痛を想像すると、如何に覚悟を決め、心を定めたとしても湧き上がる恐怖を抑えきる事はできず、シズクは己の全身から嫌な汗がじっとりと吹き出てくるのを感じた。


「ァ……ガッ……ッ……!!!」


 葛藤すること数分。

 迷いを振り切ったシズクがぎらりと瞳を光らせ、全力で開いた口を噛み締めようとした瞬間。


「どうぞ」

「ありがと! よっ……いっ……しょっ……!!! ……っと。……え?」

「――ッ!?」


 両手で持ったお盆の上に温かな湯気をあげるポットを乗せ、警備の兵が僅かに開いた扉を、自らの身体で押し退けるようにして、フリーディアが部屋の中へと入ってくる。

 無論。その瞬間のシズクと云えば、おおよそ他人に見せられるような顔をしているはずも無く。二人はまるで時間が凍り付いたかのようにピタリと動きを止めた。


「……? フリーディア様? 何か――」

「――何でもないわッ!! 大丈夫だからッ!!」

「っ~~~~!!!!」


 そんな気配を察知したのか、部屋の外に控えているらしき兵が不思議そうな声をあげるが、閉じかかった部屋の戸から顔を出す前に、鋭く叫んだフリーディアがそれを制する。

 その眼前でシズクは、声にならない悲鳴を上げながら、痛む身体を無視して身を焦がす羞恥にのた打ち回る。

 いっその事、あのまま勢いに任せて舌を噛み千切ってしまえば、こんな辱めを受ける事は無かっただろう。

 確かに、半ば無理矢理に心を決めていた所もあった。

 だがそれ以前に、舌を噛み千切ったとて目の前に人が居れば、死ぬまでに時間のかかるこのやり方に意味は無く、ただ苦痛を味わうだけになったはずだ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ…………!!!!!」

「え~……っと……」


 そんなシズクの様子を眺めながら、フリーディアは飲み物を手にただ何とも言えない苦笑いだけを浮かべて立ち尽くしていた。

 それもその筈だろう。と。シズクは悶死してしまいそうな程の恥ずかしさに身を焦がしながら心の中で叫びをあげる。

 扉を開けてみたら、その中で拘束していた捕虜が、大口を開けて舌を突き出しているなどという、間抜け極まる顔を晒していたのだから。


「っ~~~!!! いっその事ッ!!! 殺してくれッッッ……!!!」


 改めてその様子を思い浮かべてしまったシズクは、動けぬ体を恥辱でくねらせながら、傍らに居るはずのフリーディアに掠れるような涙声で懇願したのだった。

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