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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第16章

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847話 無色の煙

 シズクによるテミスの夜襲から数日。

 一部では『獣人狩り』と揶揄されるテミスの発した命令により、コウガ達が行っていると思われる蛮行の回数は激減し、不安の広まりはじめていたファントの町には、再び穏やかな空気が流れ始めていた。

 その一方で、疑いの目を向けられた獣人族たちの不満の声は多く、潔白を証明できた獣人たちの流出を止める術を、テミス達は持ち得ていなかった。


「………………」

「っ……」


 そのような情勢も手伝って、この数日の間ファントの執務室から緊張感が絶える事は無く、黒銀騎団は勿論の事、白翼騎士団の騎士達ですらも、深刻な表情を浮かべて駆け回っている。


「テミス様……その……ご報告が……」

「何だ?」


 ピリピリと張り詰めた空気の中、マグヌスが抑えたような声色でテミスに語りかける。すると、テミスは眉根に深い皺を刻み込んだまま視線だけを向け、唸り声のような声色で続きを促した。


「『白翼』……いえ、フリーディア殿からです。ファントの町の周囲……特に防壁の側でありながらも門から離れた地点を捜索した所、件の獣人たちのものと思われる痕跡は無かったとの事」

「フン……ならばいよいよをもって……だな。連中、情報収集をする気も無いらしい。本当に……舐められたものだ……」

「っ……! で、ですがまだ……偶然という事も……。それに、ただの野盗である可能性も捨て切れません!!」

「クク……ただの野盗ならば、先日の騒ぎを起こした時点でもっと旨い狩場に移るさ」

「ぐ……ム……。仰る通りです……」


 マグヌスの報告を聞いたテミスが腹立たし気にそう呟くと、耐えかねたようにマグヌスが口を開く。

 しかし、その言葉はすぐに喉を鳴らして笑ったテミスの言によって斬り伏せられ、再び重たい緊張感が部屋の中を支配した。


「…………」


 気に入らない。

 そんな重たい空気を感じながらも、テミスは口を開くことなく、眉根を潜めて思考を巡らせ続けていた。

 自由に能力(チカラ)が使えなくなってからというもの、起こる事全てに手が回らない。私が能力(チカラ)を扱う事ができれば、このような些事に煩わされる事も無い。コウガ達が暴れた件も、先日のシズクの一件だって如何様にも私一人で対処できる。

 だがそれは同時に、私自身があれ程疎んでいた能力(チカラ)に、如何に依存していたかを物語っていて。

 ここのところ続く災難(トラブル)を煩わしく思う度に、以前の私であったらなどという思いが過る自分が、吐き気を催す程に腹立たしいのだ。


「少し……出て来る」

「っ……!! はっ……畏まりました」

「……すまないな」


 恐らくは、テミスの一挙手一投足に気を払っていたのだろう。テミスがカタリと音を立てて立ち上がると、マグヌスがビクリとその肩を震わせる。

 しかし、テミスはマグヌスに視線を向ける事無くその傍らを通り過ぎた後、呟くように言葉を残して執務室を後にした。

 こんな事ではいけない。そう理解してはいるものの、能力(チカラ)を失った私にできる事などそう多くはない。

 ならばこそ。せめてマグヌスや部下達の邪魔にならないようにしているべきなのだ。


「ハッ……」


 廊下をすれ違う度に、誰もが視線を逸らし、怯えるように肩を震わせる。

 そうして何処か寂しさのような感情を抱きながら当てどなく詰所の中を彷徨った後、ようやくたどり着いた場所を目の前にして、テミスは吐き捨てるように息を吐いた。

 その目の前に広がっていたのは人気のない中庭の片隅で。

 幾度となく一人で……時にはフリーディアと共に剣を振るった光景が、否が応でもテミスの脳裏に想起される。


「つくづく……皮肉だな……」


 テミスは自分以外に人気のない、ともすれば寂しくも思える光景に口角を吊り上げて呟くと、ドサリと壁際に腰を下ろして背を預けた。

 今はただ、考える時間が欲しかった。

 何故、私は能力(チカラ)が揺らいでいるのか。あの瞬間……シズクと切り結んだあの一瞬だけ、どうして能力(チカラ)が戻ったのかを。

 たとえそこに意味など無かったのだとしても。

 ただそうしている間だけは、自分が無能になったのだという事実から目を背ける事ができるから。


「っ……!! ハハ……」


 そんな事を、ぼんやりと空を眺めながら思い描いている間に、テミスは自分が無意識の間に、自らの胸元をまさぐっているのに気が付いて笑いを零した。

 確かに以前(前世)であれば、こんな最悪な気分の時は内ポケットにしまい込んだ煙草でも取り出して、止めどないことを思い浮かべながら紫煙を燻らせていたものだ。

 だが、今のテミスが手元に煙草など持ち得るはずも無く。テミスは無意識に内ポケットをまさぐろうとしていた手を力無く降ろした。


「やれやれ……私としたことが……」


 そして、テミスはクスクスと一人笑い声をあげた後、肺の隅々にまで行き渡らせるように深く息を吸い込んだ後、唇を僅かにすぼめて長い吐息を燻らせたのだった。

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