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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第16章

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841話 楯の限界

 数日後。

 執務室の椅子へ深く腰を下ろしたテミスは、厳しい顔で深いため息を吐いていた。

 その元凶は恐らく、先日ミュルク達がやり合ったという獣人たちで。たったの数日という短い時間の間に、かなりの被害報告がテミスの元へと届いている。


「……よもや、これ程とはな」

「ハッ……。どうやら、私の浅学だったようで。かつては広く世界に轟いていた誇りや武勇は、既に彼等の心から消え去っておると見るべきですな……。誤った知識をお教えしてしまい、申し訳ございません」


 ボソリと呟いたテミスの言葉に、テミスの傍らに控えていたマグヌスは正面に回ると、深々と頭を下げて謝罪の口上を述べた。


「良い。気にするな」

「ですが……!! 戦えぬ身となった私がお役に立てる事といえばこれくらいしか……。その取り柄ですら私は――ッ!!」

「やれやれ……」


 顔を付したまま、嗚咽まじりに言葉を紡ぐマグヌスへと視線を移すと、テミスは小さくため息を零した。

 確かに、マグヌスが戦場に出られなくなったのはかなりの痛手だ。だが、マグヌスの良さは何も強さだけではない。

 こうして義理堅く、責任感が強ければこそ重要な事柄や、機密性の高い案件を任せる事もできるし、何よりも細かい気配りができる彼のような人材は貴重なのだ。


「……だったら、今の私はどうなる? 獣人族の事など知りもしなかったし、この町のことは殆ど私の手から離れている。お前の言う、取り得であった強さを失っているのだぞ?」

「何をおっしゃるのですかッ!? テミス様は我等の主ッ!! この町を救い、我等を導いて頂いているではありませんかッ!!」

「過去に何を成したかなど無意味だ。現状を正しく認識するのならば、今の私はただの小娘に過ぎんよ」


 自嘲の意を込めた言葉を紡ぐテミスの言葉に、マグヌスは堪らず頭を上げると、テミスの価値について力説し始める。

 しかし、テミスはクスリと涼やかな笑みを浮かべてマグヌスの言葉を一蹴し、机の傍らに置いてあったコーヒーカップを取り上げて静かに口を付けた。

 そう。事実として今の私は、領主紛いの事をやっている小娘に過ぎない。

 何か有事があれば指揮を執りこそするが、実際に動くのは騎士団の連中や衛兵達だし、町の治安や統治に至っては、日々そういった類の書類を捌いているマグヌスの方が詳しいだろう。


「役目を終えた……という事なのかもしれんな……」

「っ……!!! ご……ご冗談を……」


 マグヌス特性のコーヒーで唇を湿らせた後、テミスが再びため息を吐きながらそう呟いた。

 このまま力が戻らないのならば、いっその事一線を退くのも良いのかもしれない。

 ただの町娘としてこの町で働き、フリーディアに教えを乞いながら剣の腕を磨く。そして、ある程度に戦えるようになった暁には、衛兵として働くのだ。

 そんな、出来もしない空想にテミスが思いを馳せていると、執務室の扉がガチャリと開いて、厳しい表情のフリーディアが姿を現す。


「テミス。また被害が出たわ……今度は冒険者よ」

「またか……。やれやれ本当にかなわんな。町の中に押入る事ができないのなら、町の周りで悪さをしてやろうという訳か」

「っ……!! なんと……なんと卑劣なッ……!!!」


 フリーディアの携えてきた新たな報告にテミスが零すと、それに乗じてマグヌスが歯を食いしばりながら地団太を踏む。

 そう。バニサス達が獣人達を撃退してからというものの、ファント周辺の街道の治安が急速に悪化していたのだ。

 しかも、質の悪いことに狙う獲物に一貫性は無く、旅人や冒険者といった、追いはぎをするには実入り(・・・)の悪いであろう者達も襲われており、対策は後手に回る一方だった。

 まぁ、後手に回らざるを得ない原因の一つが、今私の目の前に現れた訳なのだが。


「いい加減、納得したらどうなんだ? このまま指を咥えて見ていれば、連中が突然良心に目覚めるとでも言うのか? その間に、我々はいったいどれ程の善良な者達が涙を呑むのを眺めなければならんのだ?」

「っ……!!! でも獣人族の掃討はやり過ぎよ!! せめて襲ってきた三人だけに留めるとか……!!」

「……そんなだから、お前の頭は花畑だというのだ。仮にも、一国が遠征に寄越す兵隊だぞ? それがたったの三人ぽっちな訳があるか。少しくらい考えて物を言え」

「無実な獣人族だって居るじゃない!!」

「ハァ~……だったら、可能であれば捕縛、抵抗するようならば殺しても構わん。これならば問題無いだろう? さもなくば無実な被害者が増える一方だ」


 テミスは、フリーディアがふんだんに嫌味を込めた自分の言葉に語気を荒げるのを眺めながら、苛立ちと呆れを吐き出すようにため息を零して決着点を提示した。

 こうしてやれば、いかにフリーディアの頭に詰まっている脳味噌が能天気だろうと、ひとまずは方向を修正してやれるだろう。

 少なくとも、警備の手を街道まで広げるだとか、この町を出入りする人々全てに護衛を付けるだとかいう、頭の痛くなるような馬鹿を言い出す事は無い筈だ。


「っ……!! わかった……わ……。確かに、これ以上被害が広がっていくのを黙ってみてはいられないもの……」

「フン……」


 数分にもわたる長い逡巡の後。

 フリーディアは固く食いしばった歯の隙間から悔し気に了承の言葉を漏らすと、拳を握り締めてテミスへと頷いてみせる。

 それを確認したテミスは小さく鼻を鳴らすと、新たに自室の隣の部屋に生まれた問題を胸の内に思い浮かべて、憂鬱な色を浮かべた目で天井を仰いだのだった。

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