78話 静と動の戦
ガギィン! と。ミュルクの剣を受け止めたマグヌスの剣が火花を散らし、その腕に凄まじい衝撃を伝えてくる。
「ッ……テミス様っ……」
「オラッ! よそ見してる暇は無いぞ!」
「グッ……」
剣戟の合間を縫って、テミスの方を盗み見たマグヌスの隙を突き、ミュルクの剣が閃く。しかし、その刃は咄嗟に身を引いたマグヌスの頬を浅く傷つけて空を切った。
「お前らの様な奴等さえ居なければ……フリーディア様はッ!」
「ならば……貴公らの暴虐は許されるとでも言うのか! 民を虐げ、その先に得る勝利に何の意味がある!」
ミュルクが吠え、マグヌスが退いた分だけ前進する。対するマグヌスもその力任せに繰り出される白刃を完璧に捌きながら怒号を上げた。
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! 貴様ら魔族に価値など無い!」
「――滑稽ね」
「――っ!?」
突如。声が響くと、一方的にマグヌスを責め立てるミュルクを狙って、その足元に紅の槍が突き立った。ミュルクは辛うじてこれを躱す事に成功するが、大きく後ろに跳び退いたため、マグヌスとの距離が開く。
「その小僧。私に寄こしなさいな」
フワリ。と。サキュドは音も無く二人の間に降り立つと、ミュルクに妖艶な笑みを向けながら言い放った。その表情は、ファントの裏路地で浮かべていた物よりも遥かにおぞましい、嗜虐の笑みが浮かべられていた。
「……テミス様の命を忘れるな」
「勿論」
二人は短く言葉を交わすと、マグヌスはサキュドに背を向けてミュルクの配下の騎士を相手取っている仲間の元へと駆けて行った。
「ンフフ……現実から必死で目を逸らしてるお前は、きっと心地よい声で鳴いてくれるわ」
「っ……下種がッ!!」
ミュルクは吐き捨てると、剣を構え直してサキュドへと突進する。その剣閃にサキュドが真正面から応じ、再び激しい剣戟が始まった。
「………………」
「………………」
白翼騎士団と十三軍団が激戦を繰り広げる一方で、ルークとテミスの戦いは静寂を極めていた。お互いに睨み合ったまま一歩も動かず、一言も言葉を交わす事無く時間だけが過ぎていた。否。正確には、テミスがルークの言葉の一切を無視しているだけなのだが。
「……あのさぁ。いつまでそうやって固まってるつもりよ。時間稼ぎのつもり?」
「…………………」
「なんか喋れよ。テメェの最期だぞ? 命乞いの一つとかさぁ? ない訳?」
「…………………」
「命乞いじゃなくても、無力になった感想とかでも良いんだけど?」
「…………フッ」
一定の距離を置いたまま、ルークが苛立ちを露わに語り掛けていると、不意に無表情でだんまりを決め込んでいたテミスの頬が緩む。
「随分と喋るのだな? 私は無力な少女なのだろう? ならば、早くその剣で斬りに来ればいいではないか」
「ッ……」
テミスが挑発的な笑みを浮かべてルークに問いかける。この時テミスには、一つの打算があった。もし仮に、マグヌス達が手早く白翼どもを片付ける事ができれば、私は自作の拳銃などという不安極まりない切り札を切らずに済むし、この銃の存在も秘匿できる。と。
同時に、ルークはテミスが何かしらの切り札を隠し持っている事に感付いていた。故に安易に攻め込む事ができず、こうして距離を置いて睨み合いながら、その手の内を探っていた。
「チィッ……」
ルークは舌打ちをすると、肩に担いだ大剣を握り直した。それに並行して、ルークの内心では様々な可能性が浮かび上がっては消えていく。奴の狙いは何だ? 仲間が合流するまでの時間稼ぎか? だが、あの岩の弾丸を切り裂いた剣でのカウンターを狙っているようにも見える。
「ハッ……なら、もういいや」
「っ!」
そう宣言して、先に動いたのはルークだった。肩に担いだ剣を振り下ろすべく、その柄を両手で握り締める。そして、それに反応したテミスの右手が閃きかけた瞬間。
「あなた達! 何をやっているの! 剣を引きなさい!」
この小さな戦場に、フリーディアの大きな怒声が響き渡った。
「チッ!」
「――!?」
刹那。懐へと閃くはずだったテミスの手が動きを止め、剣を振り下ろさんとしていたルークの手もまた、その動きを止めた。
「ミュルク! 剣を引けと言うのがわからないの!?」
再び、フリーディアの怒声が響き渡ると、激しく打ち合っていた剣戟の音がピタリと止まる。
「……私達に、剣を引く理由は無いのだけれど? こちらも被害が出てるから尚更ね」
少し遠くから、サキュドの声がテミスの元まで聞こえてくる。その声は何処か愉しむような気配を帯びながらも、普段の彼女には無い怒りのようなものを秘めていた。
「サキュド。マグヌス。一度剣を引け」
「ハッ……!」
「……本気ですか?」
テミスは目をルークへ向けたまま、ゆっくりとサキュド達の方へと移動すると命令を発した。しかし、すぐに剣を収めたマグヌスとは異なり、サキュドは未だに槍を構えたまま、猛禽のような目でミュルクを見つめていた。
「私は、一度と引け言っただけだ。撤退しろなどとは言っていない」
「……了解」
テミスはルークから十分に距離を取ると、こちらを見ぬままに抗弁するサキュドを睨み、説き伏せた。ここでフリーディア達が出てきた以上、切り札は使わざるを得ない。ならば、数で押し切られる前に一度、形だけでも停戦に応じる必要がある。
「リック。弁明は後で聞くわ」
「…………はい」
テミスとフリーディア達は互いに兵をまとめると、将を先頭に整列して向かい合った。距離こそ開いているものの、その光景はまるで歴史の教科書にでも載っているような、謎の厳格さを孕んでいた。
「……テミス」
ルークと並んだフリーディアが、相対するテミスの顔を見ながら口を開く。
「テミス。 白翼に来ない?」
「ほぅ……?」
「っ!?」
フリーディアの声と共に二人の間に一陣の風が流れ、テミスの背後からは二つの息を呑む音が聞えて来た。
2020/11/23 誤字修正しました




