838話 決死の護り
ファントの町を訪れる者達をすべからく出迎える大きな門。期待に胸を躍らせ、希望に目を輝かせた人々が並ぶはずであった門の前には、激しい剣戟の音が響き渡っていた。
「ウォォォォォオオオッッ!!」
「クッ……!!」
雄叫びと共に獲物を交わし、血風を散らすバニサス達の周囲では、ギリギリと歯を食いしばった衛兵たちが、その死闘を鬼のような形相で見守っている。
「喰……らえァッッ!!」
「甘ぇッ!!」
「ぐぁッ……!!」
「それは俺の台詞だ」
「――っ!? しまっ……!!」
バニサスが素早い動きで肉薄したケンの突き出した拳を槍で払った直後。その傍らから躍り出たキバが鋭い眼光と共に鉤爪を振りかざした。
しかし、バニサスの槍は襲い来るケンを退ける為に払ったばかりで構えられてはおらず、キバの鉤爪を受ける事ができる格好ではない。
今度こそやられるッ……!!
その戦いを見守る誰もがそう思った時。
「あああアアァァァァッッッ!!!」
「グッ……ぉ……」
バニサスは雄叫びと共に状態を深く反らすと、槍を振るった勢いすら乗せて振り上げた脚をキバへと叩き込んだ。
だが、キバの意識の外から放たれたその反撃を以てしても、全力を懸けて飛び掛かっているキバの勢いを殺し切る事はできず、ぶぉんという鈍い音と共に振るわれた鉤爪が、バニサスの身体を浅く裂いて傷つける。
「ガハッ……」
「ッ……ハッ……ハッ……!!」
そして、互いに一撃を浴びせた二人は、それぞれに後退して距離を取ると、再び互いを鋭く睨み付けながら武器を構え直す。
まさに紙一重。単純な戦力だけで言えば、バニサスを上回っているであろうケンとキバに対し、バニサスはひたすら防御に徹する事でその猛攻を凌ぎ切っていた。
加えて、ここはテミスやフリーディアといった猛者の控えるファントの町の眼前。攻めざるを得ないケンとキバに対して、バニサスは自ら攻める必要が無く、全ての力を迎撃と防御に注ぎ込めるこの状況も、バニサスにとって有利に働いていたのだろう。
そんな綱渡りのような攻防を何度も繰り返す事で、バニサスは必死で時間を稼いでいた。
「っ……クソッ……」
だがそれでも。凌ぎ切れずに受けた傷が積み重なり、バニサスの視界はグラグラと揺れはじめている。
戦い始めてから、どれくらいの時間が経った……? こちらの増援はまだか……?
揺れ霞む意識を、バニサスは必死で繋ぎ止めながら、胸の中で祈るように問いかける。
もう間もなく、俺は斃れるだろう。
体力も気力も限界だ。それに、ここまで奇策の類で辛うじて凌いではいるが、それももうネタ切れだ。恐らく持って……あと一度。連中が次に攻撃を仕掛けてくれば、俺はこの地面に倒れ伏す事になる。
「ッ……何を……狙ってやがる?」
「…………?」
そんな、苦しみ悶えるバニサスの内心が不気味に映ったのだろう。
身構えたケンと共に鉤爪を構えながら、キバがボソリと問いを口にする。
「お前、勝つ気が無いのか? 思えば割って入ってきた最初の一撃も……さっきの打ち合いだってそうだ。ケンの攻撃を槍を払わず突いていれば……お前はケンを殺せたはずだ」
「なっ……!?」
「ハァ……フゥッ……。へへ……馬鹿言え。ンな事してたら、たちまちお前さんの鉤爪の餌食だろうが……」
その問いに、驚きに目を見開くケンを無視して、バニサスは乱れた息を整えながら、不敵な笑みを浮かべて言葉を返す。
たしかにキバの言う通り、向かって来るケンにこの槍を突き立てれば、ケンを斃す事はできるのだろう。
だが、それがどんなに甘美で巨大な隙であっても、バニサスはそれがこの戦いでは、自らの敗北を招くと知っていた。
何故なら、敵に突き立てた槍は即座に引き戻す事も出来なければ、先程のように地面に突いて杖代わりにする事もできなくなるからだ。
「俺は……この町の衛兵だ。衛兵の仕事は護る事。たとえお前サンたちが大罪人でも、それを裁くのは俺の役目じゃねぇ……」
「っ……!! そうか」
「コイツッ……!! 死にかけてるクセに生意気言いやがってッ!!!」
大量の血を流しながらも槍を構えたまま、バニサスは偽らざる己の想いを込めて言葉を続けた。
だが、その言葉に対するキバとケンの態度は真逆で。
怒り心頭に喚き立てるケンに対して、キバはただ目を細めて呟いた後、静かに低く腰を落としただけだった。
「…………」
全くもって理解できない。
低く腰を落とし、更に深い踏み込みの構えを取りながら、キバは鬱屈とした胸の内で呟きを漏らした。
戦いに勝つためには、守るだけではなく攻めなくてはいずれ負けるのは自明の理だ。
だというのに、このバニサスという男の戦い方は一切の攻めを棄て、守る事だけを考えているものだった。
戦いの場において敗北とは即ち死。そんな状況の中で、ケンを殺し、敵の戦力を削ぐ事のできる絶好の隙すらも見逃すその胆力は、異質としか言いようがない。
だが。死ねばそれも無意味だッ!!
「いくぞッ! ケン!!」
「オウッ!!」
「……。へへっ……」
黙したまま考えを巡らせていたキバは思考を中断すると、自らの前で構えるケンに告げると同時に全力で地面を蹴った。
理解出来なくとも構わない。相手は既に死に体……この一撃で決着を付けるッ!!
キバはぎらりと輝く己の鉤爪に殺意を込めると、不敵な笑みを浮かべて構えるバニサスに向けて全力で飛び掛かったのだった。




