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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第16章

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837話 我が身を楯に

 刹那。

 まるで、自らの時間が引き延ばされたかのように感じる世界の中で、勝利を確信してほくそ笑んでいたケンはその顔色を変えた。

 鍛え上げたコンビネーションは完璧。互いに襲い掛かるタイミングにも狂いは無く、確実に必殺の一撃だった。

 だというのに。


「あっ……ぐっ……」


 ケンの目の前に広がっていたのは、視界を今にも覆い尽くさんと迫り来る、岩のように固く握り締められた拳骨だった。

 手ごたえはあった。なのに何故……!!

 知覚できこそすれど、指一本たりとも動かせないケンの意識が焦燥と困惑に呑み込まれ、刹那の時間が過ぎ去る。


「ォォォオオオオオッッ!!!」

「……ガッ……ァ……ッ!!」


 次の瞬間。

 天を衝くような雄叫びと共に、ケンの顔面を激痛と衝撃が貫いた。

 固く握り締められたバニサスの拳は深々とケンの顔面に突き刺さり、そのままの格好で数瞬の間、ミシミシと骨が軋む音を響かせた後、ケンは身体ごと後方へと殴り飛ばされる。


「グァッ……ガハッ……!?」

「っ……!!! クッ……痛ゥッ……」


 殴り飛ばされたケンの身体は弧を描いて宙を舞い、ドサリという派手な音を立てて地面に転がった。

 だがその一方で、バニサスもまたギシリと苦し気に歯を食いしばりながら、ぞぷりと自らの肩口に刺さった短剣を引き抜いて傍らへ投げ捨てる。


「で……め゛ぇ゛ッ!!! ッ……なに゛をしやがっだッ!!」


 そんなバニサスを見上げながら、ケンは潰された鼻からボタボタと鮮血をまき散らしながら叫びをあげる。同時に、グラグラと頭を揺らしながらも、無理やり脚に力を込めて立ち上がろうともがいていた。


「フン……馬鹿が。ソイツは防御を棄てたんだ……いや、己の身すら盾として、この町を守る事を選んだんだ。それがバニサスの覚悟ってぇヤツさ……。ケン、テメェのハンパな攻撃なんぞで食い千切れる訳もねぇ」


 しかし、バニサスが口を開くよりも早く。

 ケンとキバの背後で再び腕組みをしたコウガが、自らの眼前でもがくケンを睨み付けながら口を開く。


「ヘッ……止してくれよ旦那。俺は普通の衛兵だぜ? そんな大層なモンじゃねぇさ。俺はただ、一番自分が助かる方法を選んだだけよ」


 コウガの言葉に、バニサスは肩口に負った傷から血を流しながらも飄々と答えを返した。

 その言葉に嘘偽りは無い。事実、槍で迎撃したキバの攻撃を受ければ、致命傷は免れなかっただろう。それに、キバを迎撃する為にバニサスが一歩前に踏み出した事によりケンの攻撃はその狙いを外し、あえてその一撃を受ける事で、こうして拳を叩き込む猶予も生まれた。


「ほざけ。例えそれが最も正しかったとしても、真っ先に己の身を傷付ける選択を普通の衛兵が選べるものか」

「ッ……!! クソッ……!! クソッ……!!」

「ッ……!! ケン……」


 そんなバニサスに、胸を張りながらニヤリと口角を吊り上げて告げるコウガの眼前では、辛うじて立ち上がったケンが拳を握り締め、その様子をチラリと眺めながら、一瞬遅れてキバが鉤爪を構える。


「悪ィね……痛てぇだろ……。テミスちゃんやフリーディアちゃんなら、そんなに苦しませる事も無かったんだろうけどよ」


 それに反応したバニサスもまた、傷口から血を流しながらも、流れるような動きで槍を構え直した。

 ……尤も、苦しまねぇって言っても、意味は正反対なんだろうがな。

 バニサスは口元に苦笑いを浮かべながら胸の内でそう付け加えると、再び攻撃の姿勢を見せる二人へと意識を向ける。

 ケンとキバ……後ろのコウガには及ばないだろうが、この二人も十分強い。

 今だって、こうしてひたすら守りに徹しなければ、やられていたのは俺の方だっただろう。


「っ……!! 俺達もバニサスに加勢するぞッ!!」

「おっと……」


 そうして、突如として交叉した打ち合いが終わり、互いが互いの新たな隙を伺って睨み合いに入った時。

 凍り付いたように呆然としていた周囲の衛兵達が我を取り戻し、勇ましい叫びをあげる。

 だが、その声に呼応して次々と上がる雄叫びを遮るように、それまで後ろで黙していたコウガがぞろりと腰の大太刀を抜き放つと、沸き立つ周囲の者達を睥睨して口を開いた。


「俺は、男の戦いに手を出すような野暮はしねぇと言った。つまりそいつは邪魔もさせねぇって事だ。戦りてぇんなら俺が相手になってやる」

「ッ……ウッ……!!」


 その言葉と共に放たれた圧倒的な威圧感に圧され、奮い立った周囲の者達はゴクリと息を呑んでその動いを止める。

 戦わなければならない。仲間が血を流しながら戦っているのに、見ているだけなんて事は許されない。

 コウガに睨み付けられた者達はそう理解していながらも、目の前に立ちはだかる決して勝ち得ぬ強者に警鐘を鳴らす本能が、衛兵たちの身体をその場に縫い留めていた。


「チッ……どいつもこいつも……なんて町だ……」


 普通ならば、戦う覚悟も無い者たちなど今のひと睨みで恐怖に陥り、蜘蛛の子を散らすように逃げ出してもおかしくは無い。

 その証拠に、衛兵たちに加勢していた旅人や冒険者たちの中には、背を向けて逃げ出している者達も居る。

 そんな、必死で理性を本能との間で揺れ動く衛兵たちに睨みを利かせつつ、コウガは傍らで睨み合うバニサスと自らの手下たちを視界に入れながら、ボソリと呟きを漏らしたのだった。

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