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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第16章

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832話 柔らかな懐疑の目

 マーサの営む宿屋。その食堂の一角に、淡々とした声が響き渡る。


「名前は?」

「……? さっきバニサスさんから――」

「もう一度。君の口から聞きたいんだ」

「シ……シズク……」

「それだけか? 家名・苗字・ファミリーネームといった物は無いか?」

「いや……えと……ネコミヤ……」

「ネコミヤシズク……いや、シズク・ネコミヤだな。出身は? 何処からこの町へ来た?」

「ギ……ギルファー……。武者修行の旅の途中……なんです」


 テミスは戸惑うシズクを前に、次々と平坦な声で質問を繰り出し、何処か事務的な冷たさを伴った態度でそれを繰り返していた。

 だが、その身に纏った給仕服は酷くアンバランスで。居合わせた者達はヒソヒソと言葉を交わしながら、チラチラとテミス達の方を盗み見ている。

 そんな中。多くの者たちが興味を惹かれている珍妙な光景を、眼前で目の当たりにしているバニサスは、その異様な雰囲気に完全に呑まれて閉口していた。

 この会話に口を挟めばただでは済まないだろう。バニサスは本能的にそのことを悟りながら、考える暇すら無く次々と浴びせられる質問に答えるシズクに、祈りと共に胸の中で謝罪する。


「フム……ここまでは魔王領を通ってきた……か……。すまないがその刀、少し見せて貰っても構わないか?」

「え……? いっ……いや……そ……それは……」


 その時。

 次から次へと重ねられるテミスの質問に、狼狽えながらも何とか答えを返していたシズクの言葉が止まった。

 シズクの視線はテミスから注がれる射貫くような冷たい目を見返していたものの、その心は既に態度へと現れている。羽織っていた外套を自らの身体へと引き寄せるその姿は、まるで宝物でも差し出せと迫られたかのようで。

 様子を見守っていた周囲の者達とバニサスの間に緊張が走った。

 だが。


「……。フッ……安心しろ。取り上げたりなどしないさ。言葉通り、ただ見るだけだ。心配ならば、その脇差の柄にでも手を番えて見ていればいい」

「っ……! 何故……そこまで……」

「確かめる為……さ」


 テミスは柔らかな微笑みを浮かべてシズクを見つめて告げると、静かに右手を差し出した。

 その、自らの命を無造作に危険の前へと投げ出すが如き突拍子もない申し出に、告げられたシズクは元より、傍らのバニサスも聞き耳を立てていた者達も一斉に凍り付く。


「ほら。すまないが手早く済ませたいんだ」

「……!! わ……わかった……」


 数秒と経たず、テミスは笑顔のままシズクへと言葉を重ねると、差し出した手をヒラヒラと動かして決断を急かした。

 そんなテミスの言葉に背中を押されるようにして、シズクは腰に差した打ち刀を鞘ごと抜き取ってテミスへと手渡す。


「ん。何なら、抜いていても構わんぞ?」


 そう言いながらシズクから刀を受け取ったテミスは、手慣れた動きで鞘に収まったままの刀を見聞した後、チラリとシズクへ視線を向けてから、ゆっくりとした動きで鞘から抜き放つ。

 そして、そのまま緩やかに湾曲した刀身を傾けると、刃の側を天井へ向けてじっくりとその表面に視線を走らせた。


「フム……」


 テミスは傾けた刀に顔を近付けると、目線を刃の高さに合わせて息を吐く。

 そこにあったのは、とても美しい刀身だった。一片の揺らぎも無く研ぎあげられた刃は刃毀れ一つ無く、空気すら切り裂きそうな程に鋭い。そしてその傍らを貫くように真っ直ぐに走るその波紋は、まるでこの刀が己の役目を声高に語っているようだった。


「よく手入れされている……良い刀だ。最近、これでヒトを斬った事は?」

「……道中で盗賊に襲われた時に何度か」

「そうか」


 刀へと視線を注いだまま問いかけるテミスに、シズクは自らの腰に残った脇差の柄に手を添えながら、恥じ入るかのように小さな声でボソボソと答えを紡ぐ。


「協力に感謝する」


 パチン。と。

 シズクの答えを聞くや否や、テミスは軽い音と共に刀を収めると、微笑と共に告げてそれを差し出した。


「え……? 良いん……ですか?」

「何がだ? 襲ってきた盗賊を返り討ちにしただけなのだろう? ならば問題はあるまい」

「そう……ですか……」


 特に何事も無く、言葉の通りただ検めただけで返された刀を受け取ると、シズクは密かに胸を撫で下ろしながら息を吐く。

 私が武者修行の旅の途中であること以外は、今告げたことに嘘はない。

 この町で旅人として見聞きしたものをギルファーへと持ち帰る事。それがシズクの携えている任務だった。

 故に。平穏無事に何事も無くこの場を切り抜ける事が、今のシズクの目的なのだ。


「それでは、私は仕事に戻らねば……。あぁ、護衛の者は暫くすればここに来る手はずになっている」

「え……?」


 しかしその直後。ガタリと椅子を引きながらテミスの告げた言葉に、シズクはピクリと肩を跳ねさせて動きを止める。

 ただの旅人に護衛を付けるなんてあり得ないし、その護衛(・・)とやらは間違い無く監視なのだろう。


「詳しくは言えんが、安全の為なんだ。悪いが、案内役とでも思ってくれ。では、待たせてすまない。すぐに食事を持って来る。……ゆっくりしていってくれ」


 テミスは、驚きの表情を浮かべて凍り付くシズクに向けてクスリと笑みを浮かべた後、ついでに宿の手続きもしておくと言い残し、クルリと背を向けてシズク達の席から立ち去って行ったのだった。

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