819話 秘められた素質
体中を走り抜ける鮮烈な衝撃に、フリーディアはすぐに言葉を返す事ができなかった。
予想通り。否……予想以上に、テミスの見せた動きは洗練されていた。
同時に、思わずにはいられない。やはり、私の予感は正しかったのだ……と。
「っ……テミス……」
フリーディアは、歓喜に似た震えを覚えながら、努めて冷静さを保ちつつ差し出された己が剣へと手を伸ばす。
テミスの見せた動きは、戦場で扱うにはあまりに不合理なものだった。だが、フリーディアが見ていたのはその根底。
それは間違い無く、自らの最も得意とする種類の武器であるからこそ感じ取れたであろう、積み重ねた修練の跡だ。
だが、フリーディアの剣は特別製。片手剣と両手剣の中間……ショートソードでもロングソードにも属さない、彼女自身の為に誂えた専用の剣なのだ。
故に、テミスがこの剣の扱いを習得しているはずも無く、その矛盾が疑念となってフリーディアに降りかかってくる。
「貴女……いつの間にこの剣を……?」
「……昔の話さ」
そんなフリーディアの荒れ狂う内心など知る由もないテミスは、剣を受け渡した手をだらりと下げてから、彼女の問いに対して静かに口を開く。
そう。何のことは無い話。
幼い頃、正義のヒーローに憧れた子供の親が提示した習い事の中に、剣道という選択肢があっただけ。
そしてあの頃の自分には、素手で戦う他の武術よりも、防具を身に纏い、手にした剣で技を競い合う武術が、一際魅力的に映っただけに過ぎない。
「もう、とっくに忘れていると思ったのだがな……。フフ……意外と体は覚えているものだな……。いや、この場合は心と言うべきか? まぁ、そんな事はどうでもいいか」
「…………」
視線を宙に彷徨わせ、微笑を浮かべながら語るテミスを見て、フリーディアは己の胸の内に沸いていた疑念が、急速に萎んでいくのを感じた。
何故、私の剣を扱う事ができたのか。
この疑問に対して、好奇心が酷く疼くのは間違いない。
けれどそれよりも、今フリーディアの胸を満たしているのは、今にも飛び上がりそうな喜びの方が大きかった。
私たちはまるで正反対。だというのに、テミスは自分と全く同じ武器を得意とする。
それは何処か、背中合わせの自分達の思いまでもが、その根本は同じなのだと物語っている様で。
フリーディアは、思わず溢れ出て来る笑顔を堪える事ができなかった。
「フフッ……素晴らしいわ。見た所、貴女はある程度この武器に馴染みがあるみたいね?」
「まぁ……な。ある意味では、大剣よりもマシに扱えるかもしれん」
「……でも、困ったわね。流石に私の剣を貸してあげるわけにはいかないわ?」
「ン……?」
自らの愛剣を腰に戻し、フリーディアが小さくため息を吐くと、その言葉に反応したテミスの眉がピクリと跳ねる。
そして、その視線が素早く周囲に並べられた数々の武器へと走ると、みるみるうちにテミスの顔から血の気が引いていく。
「あっ……っ……!!」
そこに数多、並べられた数々の武器の中には、フリーディアが腰に提げている物と似通った武器は無い。
元々両手で持つことを想定したロングソードは刃が長いし、片手剣であるショートソードの柄は、両手で握るには少し短い。
強いて言うのならば、太刀の類が長さや取り回し方で言えば最も近いのだろうが、繊細で鋭い刃を持つこれらの武器とでは扱い方がまるで違う。
つまり傍から見ていたフリーディアにとって、テミスは存在するはずの無い、または出回るはずの無い武器の扱いを知っていたという事になるだろう。
「いやっ……これはっ……その……だな……」
「別に気にしなくて良いわよ。ロングソードでは扱い辛く、ショートソードでは物足りない……。そんな風に感じるのが私だけだなんて驕るつもりは無いから」
「む……。あ……あぁ……」
目に見えて焦り始めるテミスに対し、フリーディアが微笑と共に言葉を添える。
するとテミスは、僅かに表情を動かした後、コクリと頷いて落ち着きを取り戻した。
事実として、フリーディアの言葉に嘘は無い。扱いやすい武器の種類なんて体格や力量によって変わるし、フリーディアの持つ剣を羨む者が居る事も事実だ。
けれど、自らの身体に合わせた特注の武器を持てるのは、フリーディアのような王族や余程資産に余裕のある貴族、もしくはランクの高い冒険者のみなのだが。
「クス……。でもやっぱり、そうなってくると新しく作るしか無いわね……。どうかしらテミス? 気は進まないかもしれないけれど――」
一度、その辺りの子女の情報でも探してみようかしら?
フリーディアが胸の内で密かにそんな事を考えながら、テミスの方を振り返った時だった。
その先でフリーディアは、驚愕を露わに目を見開いたテミスが、ある一点を見つめている事に気が付いた。
「えっ……?」
まるで、縫い留められたかのように動かぬその視線を追った先。
そこにあった物を目にした瞬間。フリーディアの口からも驚きの声が漏れて出る。
混じり合った二人の視線の先……そこにはまるでテミス達の会話を聞いて誂えたかの如く、漆黒の剣が一振り、静かに横たわっていたのだった。




