817話 確かなる隔絶
「フッ……!! ハァッ!!」
フォンッ!! ヒュオンッ! と。
力を込めて放たれる声と共に、槍の穂先が鋭く空を切る。
「違うッ! 突くだけじゃなくて、払いも意識して!! あと槍は穂先だけの武器じゃない、柄や石突も武器なのよッ!!」
「ッ……!! このッ!!」
だが、直後に響くフリーディアの鋭い指摘に、テミスはぎしりと歯を食いしばった後、その言葉通りに槍を振るった。
元より、槍を扱った事など無い。せいぜいこういった長物の類を扱ったのは、生前の訓練で触った刺股くらいだ。
「……ダメね。次」
「…………」
その直後。
フリーディアは小さくため息を吐くと新たな武器を手にテミスへと歩み寄り、薄い笑みと共に差し出した。
「……幾ら何でも、見切りが早すぎるんじゃないか?」
そんなフリーディアに、テミスは心の内に浮かんだ疑心を隠さず口に出す。
彼女の眼前でこの槍を振るったのだって、たかだか数回がいいところだ。たったそれだけの回数で、人の武器への向き不向きなど、到底見極められるとは思えない。
「そうでも無いわよ? テミス、貴女の槍捌きは精細に欠き過ぎている。おおざっぱ……とは少し違うけれど、少なくとも同じ場所を狙った突きがこうまでブレるようでは、短期間で実戦に出しても問題無い力量にするのは無理よ」
「っ……!! 馬鹿を言うな。狙った箇所へ違わず突き込むなど早々できる訳があるか!」
しかし、フリーディアが平然と口にしたのは、達人技と呼んでも良い程に途方もない技量で。そのあまりに高い場所に設定されたハードルに、テミスは苛立ち交じりに言葉を返した。
そもそも、こちとら槍は素人なのだ。フリーディアが求めているのは、弓道で言う所の継ぎ矢のようなものなのだろうが、最初からそんな事ができれば誰も苦労はしない。
「……。何言ってるのよ。貴女ともあろう者が。実戦では、動いて守る相手に対して、その鎧の隙間を狙って突くのよ? ッ……!! これくらいはできなくちゃ」
「なっ……!?」
けれど、フリーディアは軽く首を傾げてテミスに視線を向けて語り掛けながら、まるで己が言葉を証明するかのように、半ば取り上げるようにしてテミスから受け取った槍を振るってみせた。
その雷光のような速度で振るわれた穂先は確かに、フリーディアから少し離れた場所の地面の寸分たがわぬ位置に跡を残しており、彼女の言葉が偽りでない事を物語っていた。
「っ……フンッ……!!」
確かに、フリーディアの言っている事は正しかった。
それ故に、テミスは言葉を返す事すら出来ず、ただ鼻を鳴らしてその手から次の武器を引っ手繰る事しかできない。
だがそれすらも、苦し紛れであることは明白で。
その事実が更に、テミスの心に焼けつくような焦りを産み出していた。
「……ハァッ!! セェイッ!!」
次に差し出された武器は片手剣。
俗にショートソードとも呼ばれる武器で、柄が短く、その名の通り刀身も短めに作られている。
その性能はダガーよりも扱いやすく、ロングソードよりも軽量で、取り回しのし易さが一番の特徴だと言えた。
「ハッ……!! ゥンッ……!!!」
フォン! ヒャウン! と。
テミスはその長いとも短いとも言えない剣を思うがままに振り回し、身体を捌いて空を切った。
その感覚は少々長くはあるものの、かつて腰に提げていた特殊警棒によく似ていて、自分でも先程の槍よりも幾ばくかは良い動きができていると認識していた。
だが。
「うぅん……悪くは……無いのだけれど……」
「なに……? 何処が問題だ?」
言葉を濁すフリーディアに、テミスはピタリとその動きを止めて素直に問いかけた。
最早、彼女の眼力は疑うべくも無いだろう。むしろ、磨き上げた技量を以て剣を振るう戦争の現実を知らぬ私よりも、実際にその腕で戦い抜いてきた彼女の目の方が信頼できる。
そう判断したテミスは、真剣なまなざしをフリーディアへ向けてその言葉を待っていた。
「動きが衛兵のものね。剣や槍を相手取っての動きじゃないわ。少し構えて……?」
「ムッ……ッ――!?」
口を開くや否や、フリーディアはテミスに剣を構えさせると、自らも腰の剣を抜いてテミスへと斬りかかった。
無論、その攻撃は実戦でのものとは異なり、かなりの手加減が加えられていたものであった。しかし、テミスがその初撃を手元の剣で受け止め、払うと同時に脚を狙うが、その直後に自らの喉元へと突き付けられた切っ先に再び動きを止める。
「動きを止めるだけならそれでもいいわ。けれど、戦いの場では違う。狙うのは必殺。貴女が敵の脚を切る間に、敵の剣はこうして貴女の命を狙いに来る」
「っ……。フッ……必殺……などという言葉を、お前の口から聞く事になるとはな」
ゴクリ……。と。
テミスは突き付けられた切先から、少しでも距離を取ろうと身体を反らしながら、背に流れる冷たい汗を無視して皮肉を口にする。
この意識の差こそが、強さの差に直結している。
同時に、テミスは頭の隅に痺れるような感覚を感じつつ、胸の内でそう確信していた。
同等程度、もしくは相手よりも劣った身体能力の者達が殺し合うのだ。例え大怪我を負わせるのだとしても、急所を狙わない時点で既に敗北は決していると言っても過言ではない。
「フフ……心構えの話よ。でもそうね……少し意外だわ」
「えっ……?」
言葉と共にフリーディアはテミスの喉元に突き付けていた剣を引き戻すと、クスリと笑みを浮かべて言葉を止める。
そして。
「――っ!?」
「……いつもの貴女がそう戦ってくれると嬉しいのだけれど」
ピシリ。と。
フリーディアは全力で剣を振るうと、テミスの四肢をほぼ同時に剣の腹で撫でるように軽く叩いた。
構えていなかったとはいえ、テミスはその凄まじい速度に応ずる事ができず、目を丸くして立ち尽くしていた。
「まぁ……少しでも覚えておいてくれると嬉しいわ? さ、次の武器を試しましょう」
「あ……あぁ……」
積み重ねた鍛練の量も、質も違う。
テミスは改めて目の前に突き付けられた事実に衝撃を受けながらも、本来の目的を達成するべく、柔らかな笑みを浮かべて次の武器を差し出すフリーディアにコクリと頷きを返したのだった。




