815話 戦友の誇り
テミスとフリーディアの決闘から数日後。
無事に山のような書類仕事から解放された二人は、テミスがいつも修練する場所に選んでいた中庭の外れへと足を運んでいた。
「……それで? 何故お前が付いてくる?」
しかし、連日の書類仕事に付き合わされたテミスの機嫌は非常に悪く、傍らを歩くフリーディアに憮然とした表情で問いかける。
「決まっているじゃない。貴女の調子を取り戻すのを私も手伝うわ」
「要らん」
「……少なくとも、今の状態でも少しは戦えるようにしておくべきじゃないかしら? 素直に言わせて貰うのならテミス……今の貴女、黒銀騎団の誰よりも弱いわよ?」
「っ……」
フリーディアの申し出を、テミスは即断即決で拒絶するが、それでも食い下がるフリーディアの鋭い言葉に、ぎしりと歯を食いしばって黙り込んだ。
そんな事は、今更言われずとも解っていた。
だが、こうして他者から言葉にしてその事実を投げかけられると、より一層の現実感を帯びてくる。
所詮私の強さなど仮初の物だ。
人の枠を超えた身体能力に超常の能力。それらを失ってしまえば、私などただの小娘に過ぎない。
「いい機会だから、基礎から教えてあげるわ。前々から思っていたけれどテミス、貴女の剣って単純なのよ」
「……余計なお世話だ」
再認識した事実に落ち込む気分を、不機嫌の仮面で覆い隠すテミスに、その胸中を知ってか知らずか、フリーディアは追い打ちのように言葉を続ける。
「あ~……ごめんなさい。言い方が悪かったわ。確かに、貴女の剣は重いし迅い。けれどそれだけなのよ」
「言い直した所で、何も変わっていないが? 私を貶したいのならば、そんな回りくどい言い方をしなくてもいいだろう」
「そうじゃなくてッ! この間手合わせした時の貴女の剣は正直、遅いし軽かったわ。だからこそ、そんな状態でも戦えるように技を学ぶべきなのよ!」
何処か拗ねたように言葉を返すテミスに、フリーディアは語気を強めて力説した。
今までのように力や身体能力に任せた戦い方は、恐らく彼女本来の戦い方ではないとフリーディアは予測していた。
何故なら、これまでも戦いの中で、テミスは度々他の身体捌きに比べて、異様な練度を感じさせる動きを見せる事があったからだ。
そしてその動きの殆どは、戦場で振るわれる実戦剣術というよりは剣舞のものに近い動きなのだ。
「私なら!! 今の貴女でもある程度までなら戦えるくらいの剣術なら教える事ができるわ!! いつまでこの状態が続くのかもわからないのだもの……戦えないなんて疑われない程度には戦える必要があるわ」
「むぅ……」
確かに……。と。
フリーディアの正論にテミスは唸り声をあげながら、胸の中でその意見に同意する。
私の力にまつわる事全てを、フリーディアに伝えている訳ではないとはいえ、彼女の現状認識は概ね正しい。
もしも、今の状況下で敵対する何者かが攻め入ってきた場合、これまで通りに私が戦いに赴く事はできないだろう。
それこそ、こちらの戦力の殆どが突破され、町の人々が逃げ出す時間を稼ぐような状況に陥らない限り、今の私は剣を取るべきでは無いのだ。
だが、理論的にそれが正しいのだと理解はしていても、テミスの心は何故かフリーディアに剣を師事する事が如何とも受け入れがたかった。
「っ……! フッ……フリーディア、よもや忘れた訳ではあるまいな? 今こそ我等は肩を並べてはいるが、その本質は敵同士。そんな私に手の内を晒すような真似をするつもりか?」
だからこそ、テミスは皮肉気な笑みを浮かべてフリーディアに視線を向けると、必死で探し求めてきた言い訳を並べ立てる。
テミスとて、これが自らの下らない感情に流されたものだとは理解していた。
だが、あくまでも私とフリーディアは戦友であり好敵手。彼女から剣を教わる事で、この憎らしくもどこか心地の良い関係が崩れるのを恐れたのだ。
「別に? 構わないわよ?」
「なっ……!!?」
「私は貴女を信じているもの。これから例え本気で剣を交える事があったとしても、きっとまた分かり合えるって」
「クッ……!! だ、だが。剣を交える予定があるのならば、猶更互いに手の内は伏せて然るべき――」
「――テミス?」
歯を食いしばりながら反論を続けようとするテミスに、フリーディアはピタリと足を止めると、にっこりと微笑んで言葉を続ける。
「貴女の事だからどうせ、師弟関係が~とか考えているんでしょうけれど、そんな無駄なプライドは棄てなさい? それに、私の手の内を晒す事にもならないから安心して良いわよ。教えるといっても本当に基礎の基礎だけだから。この程度教えた所で、師匠でも弟子でも何でもないわ。だから……ねっ?」
「っ……。ぐっ……く……っ~~~~!!! …………。よろしく……頼む」
その迫力の籠った笑顔と共に放たれた、全ての逃げ道を塞いだフリーディアの言葉に、テミスは暫くの間、身悶えしながら唸り声のような音を喉から漏れさせた後、観念したかのようにがっくりと肩を落として、フリーディアに頭を下げたのだった。




