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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第16章

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807話 軋みだす歯車

「っ……!! ふっ……!!!」


 ヒャウン……ブォン。と。

 ファントの軍団詰所の中庭の片隅に、剣が規則的に空気を裂く音が周囲へと響き渡る。

 そこでは、眉根に深い皺を寄せたテミスが、愛剣である漆黒の大剣を振るっており、時折響くこの音の主は紛れもなく彼女であった。


「セェッ……!!」


 気合の入った掛け声と共に、より一層鋭い一撃が放たれ、その剣圧が遥か前方に植えられた木の枝を音も無く両断する。

 その人間離れした威力を誇る一撃はまさに達人技。この光景を見る者が居れば、諸手を上げて口々に賛辞を紡ぐほどの一撃だった。

 だが、ここは訓練をする兵士たちが主に利用している中庭の外れも外れ。常駐すべき詰所からも距離があり、時折汗を拭ったり、強烈に冷えた水分を補給するには不便極まりない場所だった。

 だからこそ、この訓練場所はテミスにとって隠れ家のような機能を果たしており、彼女が鍛練に集中するにはうってつけの場所なのだ。


「フム……」


 ゴトリ。と。

 ひとしきり剣を振り終えた後、テミスは大剣を傍らに立てかけると、相も変わらず難しい表情を浮かべながら、傍らに用意していたタオルで汗を拭い、空のコップを取り上げて動きを止める。

 状況は思ったよりも深刻だ。

 先日の戦いで受けた傷も癒え、体調も万全。本来ならば、そろそろフリーディアが丸投げした職務に音を上げる頃で、執務作業の手助けをしている筈だった。

 だがしかし、どうにも調子がおかしい。

 以前に交わした約束通り、アリーシャへ戦闘の指南をする傍らでふと感じたのは、ほんの僅かな違和感を覚えたのだ。


「クソッ……この分では、魔法もどうだか……」


 忌々し気に呟きを漏らすと、テミスは取り上げたコップを手放して一つ舌打ちをした。

 ここ数日、その僅かに覚えた違和感に端を発した確認作業の結果。得られたのは最悪に等しい現状だった。

 記憶を掘り起こして思い出した型を頼りに幾度となく剣を振り、突き止めたこの現状を一言で言い表すのならば、テミス自身の戦闘力に致命的なムラ(・・)が生じ始めている……と評するべきなのだろう。

 テミス自身が同じ剣速、威力と認識して振るったはずの剣が、まるで異なった結果を示すのだ。

 戦場で、全力だと認識して放った一撃が矮小では話にならないし、味方との訓練で加減して放った一撃が必殺と練ってしまえば大惨事になりかねない。

 即ちそれは、テミス自身が明確に不調である証明なのだ。

 だが、強力無比な強さを誇るテミスの戦闘能力は、人間離れしたその身体能力と魔力、そして女神を自称する存在に与えられた能力に大きく起因する。

 だからこそ。日々の努力を以て鍛え上げた筋肉でも、積み重ねた技量にも因らないが故に、テミスは不調の原因を掴み損ねていた。


「……参ったな。これでは碌に訓練もできん」


 テミスは深いため息を吐くと、傍らに立てかけた剣を取り上げて詰所へ向けて歩き出した。

 いつもであれば、ごくごく加減して魔法を放てば水などすぐに用意できたし、それを冷やす為の氷だって難なく創り出す事ができた。

 だが、テミスの持つ膨大な魔力であれば、それらの魔法を全力で放てばこのファントの町に洪水を引き起こす事も、町を丸ごと凍て付かせる事も出来るだろう。

 つまり、現状を鑑みるのならば、他の兵達に混ざって鍛練をするのが効率が良いのだろうが、テミスはその立場が故に、こうして訓練の休憩に一杯の水を得る為にも、長い道のりを歩まねばならない。


「ハッ……皮肉だな……」


 遠くで鍛練に勤しむ兵達を眺めながら、テミスはクスリと笑みを浮かべて呟きを漏らした。

 元より、自分自身の為の訓練は他人に見せられるものでは無いが、稽古を付けてやると豪語したくせに、加減を誤って部下を惨殺してしまうような狂人に成り下がる気は無い。

 例え事故とはいえ、そんな事態を引き起こしてしまった日には、あのフリーディアに如何な罵詈雑言をぶつけられるか……考えただけでも頭痛がしてきそうだ。

 テミスがそんな、取り留めも無い事を考えながら詰所の前へと辿り着いた時だった。


「っ……!!!」

「ン……?」


 突如。純白の鎧を纏った一人の男が、詰所の中へと入ろうとするテミスの前へと立ち塞がる。

 平時であれば、この建物の主であるテミスの前に立ち塞がるなどという命知らずな真似をする者は居ない。

 故に、そんな珍事に視線を上げたテミスへ、立ち塞がった男……ミュルクが気迫の籠った大声で叫びをあげる。


「決闘だッ!! 黒銀騎団軍団長テミス!! 俺はアンタに、誇り高き騎士として決闘を申し込むッッ!!!」

「はっ……?」


 その、詰所中に響き渡ったであろうよく通る声に、呆気にとられたテミスはただ、目を瞬かせて首を傾げたのだった。

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