幕間 最終防衛線
照明弾の無機質な光が照らし出す下。ファントの防壁の外側に集結した兵達は、時折遠くから響く、ズズン……。ドガン……。という音を、ただ緊張した面持ちで聞いていた。
彼等の後方では、敵の更なる魔法攻撃に備えて、魔法を得意とする者達が防壁の上でずらりと並んでいる。
「っ……!!」
そんな中。
集結した部隊の最後方では、眉根を寄せて厳しい表情を浮かべたマグヌスが、低く喉を鳴らしながら、食い入るように前線へと視線を送り続けている。
「マグヌス様……」
「どうした?」
「い……いえ……その……」
しかし、マグヌスの傍らに立つハルリトは不安気な表情を浮かべ、言葉を濁してただ立ち並ぶ部隊へと視線を彷徨わせた。
「構わない。何か思う事があるのならば、言ってみると良い」
「しかし……!!」
「テミス様のお側についている時には、私とてそうしている。余計な気を遣う事は無い」
「は……はぁ……でしたら……」
マグヌスが視線を微動だにさせず、しかし穏やかな声色でそう告げると、ハルリトは思い悩むかのように口ごもった後、意を決したように顔を上げて口を開く。
「ぶ……部隊の集結は完了しています!! 恐らく前線では、皆々様が奮闘されておられるのでしょう。でしたら我々も……全力を以て出撃すべきでは無いでしょうか?」
「ウム……」
ハルリトの言葉にマグヌスは喉を鳴らすような小さな声で応ずると、前線を見つめ続けていた目をゆっくりと瞑り、俯くような姿勢を取って沈黙した。
この問いは紛れもなく、この場に集結した全員の思いを代弁したものなのだろう。
それはこうして気を配ってみればすぐに分かる事で、つい先ほどまでピリピリと張り詰めていた周囲の兵士たちの意識が、まるでマグヌスの言葉を待つかの如く自分へと集中している事がわかる。
「即応待機だ」
だからこそ。
マグヌスは努めて静かな声で命令を重ね、断じてこの場から動かないという意思を露わにした。
「っ――!! なんでだよ!!!」
「あっ……!! おい止せッ!!」
だがその直後。
白い甲冑を身に纏った一人の男が怒声と共にマグヌスの前に飛び出すと、その後を追って出てきた騎士の制止を無視して、怒りに染めた顔で声を張り上げる。
「今更臆病風にでも吹かれたのか!? 準備は整ったんだ!! 何故戦わないッ!!」
「馬鹿ッ!! ここは戦場だ! 指揮を乱すな! フリーディア様に叱られたのを忘れたのか!!」
「ですがッ!!」
「フッ……」
飛び出てきた二人……ミュルクとカルヴァスは、そのままマグヌスの前で押し問答を始めた。
しかし、その規律を乱す行いに不快感に眉を吊り上げたのはハルリトだけで、マグヌスはただ小さな笑みを浮かべて静かに口を開く。
「自惚れるな」
「なんだとッ!?」
「前線に出た所で、我等にできる事など何もない」
「っ……!!」
「なっ……!?」
ゆっくりと、しかしはっきりと告げられたマグヌスの言葉に、ミュルクだけでなくその傍らのハルリトさえも、驚きに目を見開いて息を呑んだ。
言葉を飾らずに言うのならばマグヌスは今、この場に集った兵士達に、実力不足であると三下り半を突き付けたのだ。
「ふざけるな!! ならば何のためにこうして出張ったというんだ!! 俺達は案山子ではない!!」
「そうだとも……ここは最終防衛線。我等が敗れたその瞬間、敗北が決する絶対防衛線だ」
「なら――」
「――我等の役目はッッッ!!!」
静かに、そして言い聞かせるようにゆっくりと紡がれるマグヌスの言葉に、ミュルクが口を挟もうとした瞬間。
それを上回るマグヌスの一喝が周囲へと響き、その気迫にミュルクは思わず一歩後ずさる。
「……我等の役目は肉の盾。前線のルギウス殿やフリーディア殿が敗れた時、一人でも多くの村人を逃がす為、己が身を盾に一秒でも多く時間を稼ぐ事だ」
マグヌスの一喝によって沈黙が訪れた中。続けられたマグヌスの声は微かに震えており、その声こそが、彼自身も前線へと飛び出したいと逸る己が気持ちを、必死で押し殺している事を雄弁に物語っていた。
「……テミス様と同格の強さを持つ彼等が全力を振るうのだ。我々の実力ではまだ……逆に邪魔になるだけ……。フ……フフ……。ただ、守られるだけというのも存外……辛いものだな?」
マグヌスの言葉を聞いた者たちが口を噤み、一様に歯を食いしばる中。
固く拳を握り締めたまま、マグヌスはミュルクに視線を合わせて悔し気にそう告げたのだった。




