804話 揺るがぬ信念
「っ……どうして……」
ブライト達との戦闘から数日後。
目の下に特濃の隈を蓄えたフリーディアは、ファントの執務室……本来ならば、この町を治める主であるテミスが座る席に腰を掛けてうめき声をあげていた。
本来、フリーディアがテミスの仕事の代行をするのは、彼女が復帰するまでの間だったはず。
だというのに、意識も戻り、傷も癒えたはずのテミスはというと……。
「妙案があるのだろう? お前に任せる」
これからの方策を相談するべく赴いたフリーディアに、ニンマリと意地の悪い笑みを浮かべてただ告げたのだ。
「クッ……!! 何なのよ!! 手伝ってくれたって良いじゃない!!」
ズドン。と。
思い出したその笑みに怒りを再燃させると、フリーディアは癇癪を起したようにうず高く書類が積まれた机の上に拳を振り下ろした。
いつも通りの量であれば、フリーディアとて怒りを覚える事は無いのだが、無限にも思える書類の山を見れば、如何にフリーディアといえど心が荒んでくる。
「ハァ……。本ッ……当ぉ~ッッッ!!! に、面倒な事をしでかしてくれたわね……」
フリーディアは机に振り下ろした拳をそのまま振るわせると、全ての元凶であるブライトの顔を思い浮かべ、滾る憎しみを込めて言葉と共に深いため息を吐く。
今回の戦いは、これまでの戦争とは異なるのだ。
ロンヴァルディアと魔王軍。ファントとロンヴァルディア。少なくともこれまでは、国と国……組織同士の戦いだった。
だが、今回の一件にロンヴァルディアは関わっておらず、侵攻はブライト個人の独断によって行われていた。
故に。戦いの気質は戦争というよりも、超大規模な野盗に襲撃されたという表現の方が近しいと言える。
「……でも」
フリーディアは己が背を背もたれへと預け、鈍痛を発し始めた腰を力いっぱい伸ばしながら再びため息を吐くと、脳裏にこびりついて離れる事の無い光景を思い浮かべた。
あの時。決着の一撃を終えて振り返ったテミスの表情は、今にも崩れてしまいそうな程に儚げだった。
まるで、その背で消えゆく異形の翼と共に、テミス自身も中空へと消え去ってしまいそうな程に……。
そんなテミスを見て、咄嗟に口から飛び出た言葉の結果こそが、今目の前にうず高い山となって積み上がっている訳だが。
「化け物……か……」
椅子の背もたれへと身体を預けた体勢のまま、フリーディアは窓から見える青い空を見上げながらぽつりと口走る。
あの戦いの最中、テミスはまるで蔑むような顔で笑いながら、自らの事を化け物と呼んだ。確かに、こと戦いにおいてテミスは化物じみた戦闘力を発揮する。彼女が最も好んで使う月光斬や、先の戦いで見せた瞬転という技。どれも強力無比な技であることに変わりは無いが、それを言ってしまえば彼女の月光斬を模倣した私や、目で追う事すらできない迅さを持つクラウスだって同じようなものだ。
「テミス……何故貴女は……」
青空へと向けていた視線を天井へと戻し、フリーディアはその表情を物憂げなものへと変えた。
何故なら、答えなんて既に分かり切っていたから。
テミスが自信を化け物と称する所以……それは彼女自身が深く思い悩んでいる事だ。それこそ、反目であるはずの私に相談を持ち掛ける程に。
私の放つ月光斬は、闘気を刃の形に圧し固め、そこへ流し込んだ僅かな魔力で闘気を斬撃として撃ち出している。
けれど、テミスの月光斬にはそれが無い……。否、自覚していないのだろう。
「羨ましい話よね……。私が必死になって編み出して、やっと追い付いたと思ったらコレなんだもの」
そもそも、斬撃を飛ばすなどという技術や発想は、長く過酷な修練の果てにようやく生み出される奥義の類の物だ。
だが、彼女の振るう剣はどう見ても素人のもの。構えや身体捌きの端々に武術の雰囲気は感じるが、その動きはとても人を斬り殺す為に研鑽したものには見えない。
それは、強力な力を振るいながらも、それを扱う術が拙い冒険者将校たちにも通づるもので。
「でも……貴女は彼等とは違うじゃない……」
私が知る限りただ一人。テミスはロンヴァルディアを訪れた数多くの冒険者将校たちとは異なり、仕官の誘いを断って魔王領へと赴いた。
そして今やこうして、永きにわたって殺し合いを続けてきた魔族と人間達の間を繋ぐ架け橋となろうとしている。
「そんな貴女が笑えないなんて……絶対にダメよ……」
力強くそう呟いた後、再び山のような書類に向き合い始めたフリーディアの背後では、燦然と輝く温かな陽の光がファントの街並みを照らしていたのだった。
本日の更新で第十五章が完結となります。
この後、数話の幕間を挟んだ後に第十六章がスタートします。
自らの存在について思い悩むテミス、けれど情勢は彼女に立ち止まることを許しませんでした。
それに対し、テミスは自ら一歩退く事で、この世界で生きる者としての存在意義を問いかけます。
ですがそこに襲い掛かるのは困難に次ぐ困難。
テミスの意志を継ぐ者達はそれぞれの思いを胸に必死で困難に抗う中、天使のような異形の姿となったテミスによって救われます。
自らの存在意義について思い悩むテミス、そして姿を消したカレン。テミス達の望む平和な日々はやって来るのでしょうか?
続きまして、ブックマークをしていただいております510名の方々、そして評価をしていただきました81名の方、ならびにセイギの味方の狂騒曲を読んでくださった皆様、いつも応援していただき、ありがとうございます。
さて、次章は第十六章です。
ブライトの魔手からファントを守り抜いたフリーディア達。
彼女たちが、その戦いを通じて得た物、そして失ったものは何だったのでしょうか?
無類の強さを誇る力を持つが故に思い悩むテミス、果たしてフリーディア達は苦しむ彼女の心に寄り添う事はできるのか? 戦いの終わったファントに平和は訪れるのか……?
セイギの味方の狂騒曲第16章。是非ご期待ください!
2021/10/21 棗雪




