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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第15章

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803話 迷える子羊

「ッ……!! ハッ……ハッ……ハッ……!! クソッ!! クソ……ッッ!!!」


 テミスとフリーディアの戦いに決着が付いた時、カレンはただ一人イゼルの町へ向けて遁走していた。

 あんなの聞いていない。あり得ない。どうしてこうなった?

 必死で大地を蹴って駆けながらも、カレンは混乱した頭で思考を続けた。

 私は確かに、テミスに致命的な重症を負わせたはずだ。

 たとえ魔族の持つ技術を用いたとしても、こんな短期間であの傷が完治するなんてあり得ない。


「なんで……なんでッ!!?」


 それにあの背中の真っ白な羽。

 何処からどう見たって以前にサージル様が言っていた、天使様の羽そのものじゃないか。

 テミスは裏切り者ではなかったのか? あの強大な力は何……? しかも、それに真正面から向かっていったあの二人……。


「狂ってるッ……!! どいつもこいつも……化け物じゃないッッ!!!」


 ただ、この世界の片隅で細々と暮らしてきただけのカレンにとって、数多の冒険者将校や極限まで己の技を磨き上げた達人ともいうべき人間達が集うあの戦場は異常でしかなかった。


「サージル様……無理です……無茶ですよぉ……。魔法なんていただいても……効く訳が無いです……」


 自然と溢れ出てきた涙を流しながら、カレンは己が主を心の中に思い浮かべ、涙声で言葉を漏らす。

 そもそも、自分があのテミスに重症を負わせる事ができたなどという事が間違いだったのだ。そう……あの苦戦が全て、演技であったのなら……私に同格だと、格下だと侮らせることが目的だったのなら、ああして万全の状態で……しかも今度は本当の姿で出てきた説明は付く。

 そんな化け物を相手に、サージル様から祝福を賜ったとはいえ、ただの人間である私が適う訳が無い。


「ハァッ……!! ハァッ!! イヤだ……死にたくない……死んでたまるか……!!」


 カレンは自らの心の内の切なる願いを呟きながら、一心不乱に走り続ける。

 早くあの子の元へ……一刻も早くメイジーの元へ戻らなければッ!!!

 テミスにロンヴァルディアの連中が勝っても負けても、私達にとって良いことは無い。

 ロンヴァルディアが勝って戻れば、嘘の情報で彼等を扇動した犯罪者として、テミスが勝ち、イゼルに攻め込んだ時に居合わせてもゴミのように殺されるだけだ。


「メイジーを連れてイゼルを出たら次は……」


 次は……どうすればいい……?

 ふとそう考えた瞬間、カレンは自分の思考が真っ白に染まっていくのを感じた。

 私はまだ、サージル様の命令を達成できていない。けれど、こうして逃げ出して来てしまった以上、ロンヴァルディアに留まる事はできないだろう。

 なら……エルトニア? そんな馬鹿な。あの国が私のような人間を受け入れる訳が無い。


「どうすれば……あっ!?」


 行き場が無い。

 そんな絶望的な現実に打ちのめされたカレンは足をもつれさせると、全速力で走ってきた勢いをそのままに地面へと倒れ込んだ。

 その勢いはかなりのもので、転んだ勢いは数メートルにわたって土煙を上げてようやく止まり、ジンジンとした痛みがカレンの身体を苛む。


「何なのよ……もぉ……ッ!!!」


 盛大に転んだカレンは口惜しさと絶望が綯い交ぜになった感情に拳を握り締めると、そのまま地面を殴りつけてその感情を紛らわす。

 そうだ。よく考えてみれば、今までだって先の事なんてわからなかった。

 あの場所だってただ、雨や風が凌げて住み着く事ができたからそこで暮らしていただけだ。

 ならばまず、メイジーと一緒に逃げる事だけを考えるッ!


「えっ……?」


 そんな、前向きとも後ろ向きとも取れない決意を胸に、起き上がったカレンの目に飛び込んできたのは、己が目を疑う光景だった。


「嘘……ここ……イゼルの町? なんで……?」


 眼前に広がっていたのは、一目見るだけで貧しいのだとわかる程に酷くひなびた町だった。それは間違い無く、ブライト達と共に出立した町なのだが……。


「どういう事? 私……なに……?」


 一瞬、カレンは自分が、時間をも忘れて必死に駆けてきたのだと思おうとした。けれど、ようやく夜が明け始めたばかりの空は、あの戦場からカレンが逃げ出してからそう大した時間が経過していない事を証明していて……。

 その新たな事実が、辛うじて平静を取り戻しつつあったカレンの思考を再び混乱の渦中へと突き落とした。


「嘘……? 何よこれ……」


 イゼルの町からファントまでは、休まず歩いて半日ほどの距離がある。

 いくら全力で駆けたからといって、日の出前の僅かな時間で辿り着くのは絶対に不可能なはずだ。

 けれど、そんな常識を打ち砕くかのように、カレンの目の前には間違い無くイゼルの街並みが立ち並んでいる。


「…………逃げなきゃ」


 カレンは暫くの間立ち尽くしたまま、目の前に広がるイゼルの町を呆然と眺めていたが、突如小さな声でボソリと呟くと、フラフラと覚束ない足取りで町の中へと消えていったのだった。

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