797話 反逆の一撃
輝く一対の刃が斬撃を食い破り、甲高い音と共に振り抜かれる。
その剣先から放たれた剣圧が切り裂かれた病衣をはためかせても、テミスは全く動ずることなく、斬撃の反対側からその光景をただ悠然と眺めていた。
「…………」
「グゥッ……ッ……ゼッ……ハァッ……!!!」
そんなテミスの眼前で、月光斬を切り裂いたクラウスは荒い息を数度繰り返した後、グラリと大きく体を傾がせた。
そしてそのまま、振り抜いた二本の剣を地面へと突き立て、息も絶え絶えに膝を付く。
「フン……」
しかしテミスは、自らの放った斬撃を切り裂かれた事など、まるで気にも留めないかの如く息を吐くと、手にした大剣をゆっくりと振り上げた。
事実。今のテミスにとって、月光斬を破られた所で何の感慨も湧く事は無かった。
ただ、数多ある攻撃手段の一つが防がれただけ。しかも、防がれたとはいっても辛うじてだ。次の一撃は能力に頼らずとも、この大剣を振り下ろすだけでも決着がつく。
「っ……!! テミスッ!!」
しかし即座に、僅かに後ろへと退いたフリーディアが剣を構えて飛び出すと、膝を付いたクラウスを庇うように立ちはだかる。
それはまるで、共にファントの平和を守ると誓ったテミスと袂を分かつと宣言しているかのようで。
テミスは自ら受けた傷に手を当て、能力を以て治療を施しながら僅かに眉を顰めた。
「いきなり……しかも本気で攻撃するなんて……どういうつもり……?」
「それはこちらの台詞だフリーディア。その剣は一体どういうつもりだ?」
「どうって……貴女の無茶からクラウス達を守るためよ」
「ククッ……無茶? おかしな話だな? フリーディア。私たちは今、戦争をしている。そしてそいつらは侵略者だ。敵を斬るのは当り前だろう」
口を開いたフリーディアの言葉に、テミスは皮肉気に唇を歪めると、まるで誇示するかのようにバサリと背中の両翼を広げて問いかけた。
そう。クラウスもブライトも、ファントの町を蹂躙せんと侵略してきた敵なのだ。
ならば、ファントを守ると宣言したフリーディアが剣を向ける先は、私であってはならない。
「っ……!! でも!! ブライトを殺せば戦いはもっと酷いものになるわ!! それに見ての通り、クラウスに戦う力は残っていない! もう決着はついている!」
「ハァ……だから? それで?」
語気を荒げて向かい合うフリーディアに対し、テミスは深くため息を吐くと、傷を押さえていた手でゆっくりと傷をなぞり、傷痕一つ無く治療して見せる。
フリーディアの言っている事は、まるで子供の我儘だ。
剣を抜き放ち、平穏を脅かさんと……命を奪わんと斬りかかってきた者に対して、ただ無償の許しを求める。
そんな都合の良い話がどこにある。
「だからといって、そこのブライトという男がファントを侵略した事実に変わりは無い。お前が背に庇うクラウスにしても、今ここで斬っておけば、未来永劫二度と私の前に立ちはだかる事はあるまい?」
「っ……!! 私たちは彼等の攻撃を退けた! それもテミス……圧倒的な貴女の力によって!! その恐怖を知るブライトなら、二度とこんな愚かな真似はしない……させないわ!! クラウスだって今度、私たちと共に戦う日が来るかもしれない……どうしてそれが解らないのッ!?」
呆れ果てたように告げるテミスに対して、フリーディアは構えた剣を固く握り締めると、癇癪を爆発させたかのように叫びをあげた。
かつて、何度も戦場で相見えようとも、テミスは私を殺さなかった。
だからこそ今、私たちはこうして肩を並べて戦っているというのに。
けれど、こうして想いの丈をぶつけてもテミスの冷たい瞳が変わる事は無く、持ち上げられた大剣が降ろされる事も無かった。
「……解らんな。圧倒的な力を以て退けた敵は、雌伏の時を経てより圧倒的な力を携えて再び襲い掛かってくる。それにフリーディア……私はそこの老人と何の関係も無い……お前とは違ってな」
「っ……!!! 何よ……それ……」
「理解しなくていい。退け。退かぬのならばお前も敵と見做す」
まるで切って捨てるかのように、テミスはフリーディアの叫びに対して冷めた言葉を返した。
加えて、テミスの言葉に、歯を食いしばって俯くフリーディアに、追い討ちが如く言葉を重ねながらゆっくりと歩み寄っていく。
そして、俯くフリーディアの隣を、テミスが悠然と通り過ぎようとした瞬間。
「ハァッッ!!!!」
「っ――!?」
突如。烈破の気迫をあげたフリーディアが体を捻ると、テミスへ向けて剣を振り上げ、鋭い一撃を放ったのだった。




